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人権疲れとトランプ現象

火曜日, 1月 17th, 2017

トランプ現象の背景にあるのが、米国の国民の「ポリティカル・コレクトネス」に対する嫌悪感の拡がりにある、というニュース解説が目立つようになった。

アメリカの民主党政権というのは、歴代、概して、米国内にとどまらず、外国の人権状況に対するコミットメントが厳しく、クリントン政権もさりながら、オバマ政権に至ってその傾向は強まったと言えるだろう。

そもそも、オバマ政権の前のジョージ・W・ブッシュ大統領の共和党政権が、「サダム・フセインを打倒して、イラクに民主主義を根付かせる」「民主主義の戦い」と宣言して、あのイラク戦争を引き起こしたのである。

その結果が、イラクの宗派対立からの大混乱と内戦、あげくにISの台頭である。

さらに、イラク戦争は、中東の独裁国家への反発を広げ、アラブの春を誘発する。

アラブの春で、革命がある程度成立してしまったほとんどの国は内戦などの大混乱に陥った。

独裁が復活したエジプトなどは人権抑圧とともに安定を取り戻しもしたが、最悪の結果がアサド独裁政権下のシリアで、ISはおろか、反政府組織もテロ組織に親和性があり、それに対するアサド政権の虐殺と人権抑圧は内戦前よりはるかに激化した。

EUにはシリアから難民が大量に流入し、難民を寛容に受け入れてきたドイツやフランスの「ポリティカル・コレクトネス」を根本から揺るがした。

イギリスに至っては、EUの理想である一つのヨーロッパというという「ポリティカル・コレクトネス」から、国民投票によるEU離脱決定という形で、背を向けてしまった。

その中でのトランプ現象である。

「ポリティカル・コレクトネス」に対し、あからさまに露悪的に背を向けた言動を繰り返したトランプ氏を地滑り的に大統領に押し上げた米国社会には、どこか「ポリティカル・コレクトネス疲れ」の空気がひっそりと拡がっていたのだと思われる。

フィリピンでは、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領は、検察官出身であり、ダバオ市長時代から麻薬犯罪に対する過激なまでの取り締まりをしてきたが、ドゥテルテ大統領の言動を、オバマ政権が人権侵害であると繰り返し警告したことから、ドゥテルテ大統領が激しく反発し、米国とフィリピンの国家間の関係は抜き差しならない状態に陥ってしまった。

ドゥテルテ大統領は、検察官出身で、現時点では少なくとも、見境の無い暴君というわけではなさそうである。

フィリピンの麻薬戦争において麻薬密売犯罪組織を撲滅するためにやむにやまれぬ強硬手段を講じているという自覚を持っていることが、言動からうかがえる。

コロンビア麻薬戦争、メキシコ麻薬戦争といった、犯罪組織との内戦ともいうべき状態にある国々を見ていると、フィリピンの麻薬組織の深刻さと社会全体にもたらしている被害も相当なものであり、それが、麻薬組織に対し殺戮を辞さない超法規的な取り締まりをおこなうドゥテルテ大統領が、国民支持率90パーセントという異常な支持を獲得している理由であろう。

もちろん、ドゥテルテ大統領の行為が、デュー・プロセスでアウトであることは疑問の余地はなく、ペルーのフジモリ大統領のごとく(フジモリ大統領もペルーの麻薬組織を強引に撲滅して社会的経済的安定をもたらした)、政治的に落ち目になれば職権濫用・虐殺の汚名を着せられることは容易に想像がつく。

ドゥテルテ大統領は、そこまで予測しながら麻薬密売犯罪組織の壊滅を優先しているかのような開き直りを感じる。

これが、ドゥテルテ大統領が守りに入って自らの保身に走った時は、たちまち市民を弾圧する独裁政権へと転ずる可能性は否定できない。

一方、麻薬組織の撲滅がひと段落つけば、法曹らしくデュープロセスに回帰する可能性もある。

トランプ大統領はといえば、ポリティカル・コレクトネスを偽悪的に貶めるような発言が目に付く。

ポリティカル・コレクトネスそのものがトランプ氏自身に対する攻撃手段だとみなして、手当たり次第に反発しているように見受けられる。たいしたことでもないのにスルーができていないのが幼稚に見えるくらいである。

そんなトランプ政権は、オバマ政権とは打って変わって、外国の人権抑圧状況をスルーするようになる可能性が高いと思われる。

これは、一面では世界の人権外交と人権状況の後退である。

しかし、米国の人権外交が、OECDレベルの先進国を除けば、多くの国にとって国の実情を無視した迷惑な内政干渉、政権転覆行為、犯罪組織の跋扈や混乱を助長し国民を不幸に陥れる行為と、しばしば受け取られていることも、一面の事実である。

さらに、多くの場合、米国の人権外交は、実は米国の国益追及と裏でリンクしていて、米国の国益にそぐわなければ米国はしばしば人権外交を手控える、という批判も、また一面の真理であろう。

例えば、中国国内での人権抑圧には、米国の歴代政権は、民主党政権含めて、極めて寛容である。

米国の、イラク戦争の遂行や、アラブの春への中途半端な口先介入による混乱が、人権外交の結果だとすれば、人権外交が招いた中東の諸国民にとっての結果として最悪である。

トランプ大統領のアメリカは、外国との経済関係とのバーターで、外国の人権状況など、簡単にスルーしてしまうように思われる。

そういう意味で、トランプ政権下で、対ロシア、対フィリピンなどとの関係の改善が見込まれるのは、予想とたがうところではないだろう。

トランプ次期大統領は、シリアなどはアサド政権とロシアの圧政に任せた方がよいと、まじめに考えている可能性が高い。

米国基準の感覚で人権を振りかざすことが、ある国家の状況においては、最大多数の最大幸福に必ずしもつながらないことを、米国が、対外的にも、対内的にも、ここ数年で示してしまったのかもしれない。

それは、世界にとって、長期的には不幸なことであるが、短期的には社会の安定と経済的繁栄をもたらすかもしれない。

トランプの米国が、人権外交を押し付け振りかざすというオプションをあまり行使しなくなる、というのは、ある意味米国が世界の多様性を認め、傲慢な理想の押し付けを控えるようになる、といえるようにも思われる。

米国の傲慢な利益誘導とパワーゲームが逆に増えるとは思われるが、それはそれで他国からすれば米国の行動基準を予測しやすくするかもしれない。

一方、トランプ氏の論理と政策が、米国民の幸福の最大化をもたらすかは、正直疑問なようにも思う。

とにかくも露骨に利益誘導的でエキセントリックで、一国の指導者としての持続可能性に疑問がわくほどに危なっかしい。

とはいえ、米国という民主主義社会は極めて強靭であるから、とことん深刻な事態にはならないとも思われる。

なにしろ、8年間のジョージ・W・ブッシュ政権すら、米国はやり過ごしてきた。

ブッシュ政権のもとで起きたリーマンショックは民主党政権がしりぬぐいをし、アフガニスタン戦争・イラク戦争は共和党が政権を奪還してなおまだ負の遺産として尾を引いているが。

米国はやはり民主主義国家としては別格だと言わざるをえない。

しかし、歴史を鳥瞰すれば、先進国と中進国と途上国、さらにはキリスト教国とイスラム諸国とアジアの国々を、経済的状況もさりながら人権状況において、ひとくくりにすることができないこと、それぞれの国がめざす解は短期的中期的に一つではないことも、また事実である。

米国腐敗防止法とサムスン

月曜日, 1月 16th, 2017

本日のニュースによると、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領と友人の崔順実(チェ・スンシル)氏を捜査する特別検事が、2017年1月16日、贈賄容疑などでサムスン電子の李在鎔(イ・ジェヨン)副会長の逮捕状を裁判所に請求したとのことである。

昨年から、報道において、サムスングループ企業のサムスン物産と第一毛織の合併に関し、朴大統領がサムスン物産大株主で政府所管の国民年金公団を通じ合併のための便宜を図った見返りとして、崔順実氏がドイツに所有する企業「コレスポーツ」と220億ウォンに上るコンサルティング契約を結び、崔被告のめいのチャン・シホ被告が運営していた韓国冬季スポーツ英才センターに16億2800万ウォンの後援金を支払ったことなどの疑いが取り上げられ、問題視されていた。

国によって贈収賄の法制も認定も異なるため、一概に比較はできないが、日本であれば、崔順実氏の職務権限の壁を越えるのは簡単なことではないと思われ、このようなケースで贈収賄を起訴に持ち込むことは検察官が断念した可能性も高いように思われる。

一方で、以前から韓国社会で接待や賄賂が横行する風潮については批判が絶えず、その懸念が最悪の形で露呈したということなのかもしれない。

昨今の、韓国世論の朴槿恵大統領や崔順実氏に対する非難の声は、あまりに厳しく、韓国の検察としても世論の注視に抗しきれず、立件をしないわけにはいかなくなったのではないかと思われる。

サムスングループトップが贈賄罪で有罪になるかは、韓国の司法判断と、事実関係によるので、にわかに判断しようがないところである。

しかし、仮にサムスングループトップが、サムスングループの合併に関して贈賄罪で韓国で有罪になった場合、米国腐敗防止法(FCPA)の適用、それに関しサムスングループの経済的活動への重大な影響、という懸念が、顕在化する可能性が高まる。

そしてその韓国経済への影響は、甚大なものになる可能性がある。

米国腐敗防止法は、米国から見て外国の公務員への賄賂を米国法で処罰するものであるが、米国以外への域外適用の余地が非常に広く認められている。

藤川信夫「新たな国際汚職防止法の考察」 615ページ
http://www.law.nihon-u.ac.jp/publication/pdf/seikei/50_3/19.pdf
によれば、

株式または米国預託証券等の証券を米国証券取引所に上場している法人の場合、当該法人等およびその役員、取締役、従業員、代理人、株主(役員等)がFCPAの対象となる。

サムスングループは米国においても複数の子会社を上場させている。

他にも域外適用のルートは複数ありうる。

サムスングループのトップがサムスングループの事業に関し贈賄をおこなって韓国法で有罪となったとなると、米国腐敗防止法の域外適用を回避する可能性は極めて乏しくなるのではないか、と懸念を感じざるをえない。

もっとも、サムスン電子の広報部門は、サムスン電子は米国腐敗防止法の適用はない、とアナウンスしたようである。

サムスン電子のアナウンスをどこまで信じてよいものか、と感じる向きもあるだろう。

企業間取引の法務チェックの現場にいる弁護士の実感として、上場企業、外資系企業、輸出入関連企業はもちろんのこと、一見国内の中小規模の企業同士の取引であっても、取扱商品について上流下流の企業との関係から、米国腐敗防止法はじめ各国の腐敗防止法や贈収賄法規への抵触を禁止する条項を継続的取引契約で入れるのは、かなり当たり前になっている。

そういった契約条項では、仮に契約の相手方の企業の役員、従業員が腐敗防止法等に抵触すれば、無条件での契約解除や、取引打ち切りに関する損害賠償などが可能であることが定められている。

このような腐敗防止法抵触企業との取引解除ができることを広く定めるようになってきたのは、端的に、贈賄企業への経済的利益の提供により、共謀に問われることや、レピュテーションリスク、株主からの追及リスクを懸念するからである。

贈賄企業の株式を保有することも、リスクファクターとなる。

すなわち、現在のグローバル企業間の取引のスタンダードでは、贈賄企業との取引を強制解消して、取引関係を打ち切り、関係を遮断することが、社内コンプライアンスとなっているのである。

サムスングループトップが韓国内で有罪になったとすれば、サムスングループについて、米国の司法省による捜査は避けられないように思われる。

米国の司法省による、企業犯罪に対する厳罰化は、近年はなはだ厳しさを増しており、罰金や損害賠償合わせ数千億円単位の制裁が命じられている事例があとを絶たない。

しかしさらに問題なのは、サムスンは、アジアで最大規模のグローバル企業のひとつであることである。

サムスングループの経済規模は韓国経済の2割を占めるといわれているほどである。

サムスングループの取引先の大半も同様にグローバル企業であるから、米国腐敗防止法その他各国の腐敗防止法抵触の観点から、継続的取引契約を打ち切る可能性は相当程度見込まれると思うところである。

サムスンとの取引がサプライチェーン上欠くことができないような企業は、今回の報道を見て、社内コンプライアンスや契約条項との関係で対応をどうしたものか、頭を悩ませているものと思われる。

おそらくはサムスンだけに切るに切れず、というところであろう。

これが取引相手が中小企業で賄賂による立件騒動が起きたのであれば容赦なく切り捨てられるであろう。

しかしサムスン相手でも切りに行く取引先はあると思われる。

代替品が容易に調達できる製品やサービスならそうなるであろう。

サムスングループの販売する製品や商品で、BtoC、つまり一般消費者向けの商品であれば、売り上げへの悪影響はさほどではないかもしれない。

しかし、一般消費者向けの商品であっても、その部品調達ともなると、欧米日などの先端技術を持つ企業のサプライチェーンからの調達が不可避である。

そのサプライチェーンの企業らから取引遮断されてしまうと、商品供給に支障を生じることになるだろう。

BtoBとなると、取引遮断により、影響は深刻になる可能性がある。

さらに各国への官公庁購買における入札参加資格ともなると、サムスングループの排除は現実のものとなるであろう。

国によっては、米国腐敗防止法の適用などに動じない国家もあるかもしれない。

しかしそういった国の企業でも、米国での経済活動をしている場合は、リスクとは無縁でいられない。

財閥グループの寡占経済である韓国においても、特に、サムスングループにとっての打撃は、韓国経済への打撃に直結する。

他の財閥グループの類似事案掘り起こしによる贈賄罪立件の波及の懸念も高まることになる。

韓国の他の財閥企業グループもサムスンとの取引に躊躇せざるをえないことになる。

韓国経済への打撃が顕在化すれば、通貨安、外貨準備高の減少、とスパイラル的にダメージが拡大し、韓国通貨危機、さらに周辺アジア諸国への通貨安の波及もありうる。

おりしも日韓の通貨スワップ協定の協議も中断されてしまった。

しかしなぜか、昨年後半から年末年始にかけて、サムスングループへの贈収賄疑惑が取りざたされている中でも、サムスンの株価は下げるどころかじりじり上がり続けてきていた。

サムスングループの時価総額や利益額からして、着実な株価の上昇傾向自体はありうることであるし、むしろ市場心理が落ち着いているとすれば歓迎すべきことである。

しかしこれだけの不安材料があるなかでの最近の上昇傾向は、やや首をかしげるほどであった。

懸念が現実のものにならないことを祈るしかない。

その時は日本経済も無事ではないと思われるからである。

それにしても、韓国政治や、韓国マスコミの、全般的傾向としてのエキセントリックさ、振れ幅の大きさ、近視眼的傾向は、経済や安全保障も含めた国家的リスクを招いているように思われる。

対外勢力による煽動、政治工作に対しても脆弱にならざるをえない。

といって、そもそも財閥企業らによる極端な寡占経済、社会のゆがみ、その中での賄賂の横行が、国家経済にとって深刻なリスクファクターだったわけで、その弱点が露呈したと言えるわけだが。

世界各国幸福度ランキングをいろいろ比較する

火曜日, 1月 7th, 2014

1.英エコノミスト紙の研究機関である、Economist Intelligence Unit が、 Social unrest in 2014 (2014年に社会不安が起きる国) というランキングを発表した。

http://www.economist.com/blogs/theworldin2014/2013/12/social-unrest-2014

150カ国が5段階に分けられ、Very Low Risk が6カ国、Very High Riskは19カ国。 最もリスクの低い6カ国は、オーストリア、デンマーク、日本、ルクセンブルク、ノルウェー、スイスであった。

日本は見事社会不安の低い国に入ったわけで、残りの5カ国は豊かな小国だから、日本のような大国が社会不安リスクが低いことは特筆に値するだろう。

世界的にも、日本の社会制度は整備されており、国民は協調性があって秩序を重んじ、居住する日本人にも旅行する外国人にも極めて安全であることは、海外を旅した者であれば常識である。

2.しかしながら、一方で、2013年9月に、国連事務総長特別顧問を務めるコロンビア大学地球研究所のジェフリー・サックス所長や、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのリチャード・レイヤード教授をはじめとする研究者グループがまとめた

幸福な国ランキング http://unsdsn.org/files/2013/09/WorldHappinessReport2013_online.pdf

によれば、1位から8位は、デンマーク、ノルウェー、スイス、オランダ、スウェーデン、カナダ、フィンランド、オーストリア(ルクセンブルクは19位)となっている。日本は43位である。ちなみに韓国が41位、台湾が42位。中国93位。フィリピンで92位。

このレポートでの幸福の指標は、一人あたりGDP、社会的サポート、政府の汚職度、寄付の拡がり、生活選択の自由、ジニ係数(社会格差)、メンタルヘルス、健康長寿、財産的豊かさ、社会生活の豊かさ、などである。

こうやってみると、日本の幸福度ランキングが下るのは理解できる。欧米のような、寄付やボランティアの文化が根付き、同性愛やシングルマザー、社会的弱者、さらに外国人にも寛容でサポートが充実している社会的基盤を持つヨーロッパの国に有利、特に福祉国家で移民も比較的少ない小国が有利になるような指標が多い。

伝統社会の縛りや倫理観によって社会的安定が図られているようなアジアの諸国は不利になる。

3.国連開発計画の2011年「人間開発指数(HDI)」(客観的幸福度)によれば日本は12位。ノルウェー、オーストラリア、オランダ、アメリカ、ニュージーランド、カナダ、アイルランド、リヒテンシュタイン、ドイツ、スウェーデン、スイス、日本、香港となる。この統計は、やたらとアングロサクソン・ゲルマン・ノルマン系が強いのはどうかと思うが、アジアの中で日本と香港が入ってくるのは違和感が無く納得できるものがある。

4.オランダのエラスムス大学のルート・ヴィーンホーヴェン教授が主宰する機関ワールド・データベース・オブ・ハピネス(WDH)の2009年の調査結果によれば、 「現在の生活にどの程度満足しているか」について、日本は60位である。中国は54位。 これには、失笑するしかない。日本にいて不幸だというなら、中国に移住すればより幸福と感じられる確率が高いことになってしまう。冗談以前の話である。

以上をみていくと、日本人の気質として、客観的幸福度に比べて、自分を幸せだと思えない・思わない、ペシミスティックな人の割合が、世界的に見ても、アンバランスに多い、ということである。 おそらく、 幸せと感じる度÷客観的幸せ度 でランキングを取れば、日本は、世界最低の国にランクされる可能性がある。

これをどうみるかであるが、日本人は、世界でもっとも

(1)求める幸せのレベルが高い

(2)他人や社会環境に対して満足できるための要求水準が高い

(3)外国コンプレックス

(4)自虐的

(5)自分の国や自分に自尊心を持てない

(6)宗教的確信に支えられていない

(7)反省したがる

(8)悲観的

(9)ネクラ

な国民だということなのかもしれない。

これはもともとの民族性というよりたぶんに長年の戦後教育が積み重ねた問題もあるように思われる。

いや、いっそ「プラス思考を説く本が世界で一番売れる国」ランキングを取れば、日本は断然1位になれるかもしれない。

こんなランキングの妙もそう考えられる人が多ければ、日本の幸福度ランキングはもっと上がるのではないかというのが、幸福度ランキングを比較してみての感想である。