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天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議 ~生前退位の問題

木曜日, 11月 17th, 2016

「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」が、本格化している。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/koumu_keigen/kaisai.html

有識者のヒアリングが既に2日間、これまでに11名実施されている。

そこでは、私には意外であるが、有識者意見には、生前退位そのものに反対、摂政で対応すべし、皇室典範の改正にも特別措置法にも反対、という意見が多い。

そもそも、この有識者会議の目的は、「公務の負担軽減」が主たるテーマのはずである。生前退位は、公務の負担軽減に関して、その重要な選択肢として検討すべきテーマという建て付けである。

有識者のヒアリングの質問事項をもう一度見ておこう。

(質問事項)
① 日本国憲法における天皇の役割をどう考えるか。
② ①を踏まえ、天皇の国事行為や公的行為などの御公務はどうあるべきと考えるか。
③ 天皇が御高齢となられた場合において、御負担を軽くする方法として何が考えられるか。
④ 天皇が御高齢となられた場合において、御負担を軽くする方法として、憲法第5条に基づき、摂政を設置することについてどう考えるか。
⑤ 天皇が御高齢となられた場合において、御負担を軽くする方法として、憲法第4条第2項に基づき、国事行為を委任することについてどう考えるか。
⑥ 天皇が御高齢となられた場合において、天皇が退位することについてどう考えるか。
⑦ 天皇が退位できるようにする場合、今後のどの天皇にも適用できる制度とすべきか。
⑧ 天皇が退位した場合において、その御身位や御活動はどうあるべきと考えるか。

さて、論点について、順不同で考えてみたい。

まず③(高齢の天皇の負担軽減策)である。

現在の天皇の公務状況は、高齢の天皇にはきわめて苛酷なスケジュールになってしまっていることは、否定しうべくもないであろう。

なにが問題なのかを考えてみるに、国事行為・公的行為・宮中祭祀それぞれについて、天皇が自ら臨席して執り行われるものが、あまりに増えすぎ、多すぎる状況に陥っているというべきと思われる。

天皇の務めについては、天皇自ら執行するかどうか、代理・代読・代拝で済ませるかについて、優先順位はあってしかるべきである。

例えば、憲法上の国事行為については、可能であれば天皇自ら執り行うことが優先されるべきである。

だが、国事行為でないいわゆる公的行為については、高齢や病弱等の天皇の場合、あるいは健常な天皇であっても、できるだけ代理に皇族を立てるなり、宮内庁職員による代読に切り替えるなりして、天皇のスケジュールを過密にしないようにコントロールすることを、現状よりもっと積極的に励行すべきである。

さらに、宮中祭祀といった部分については、侍従や宮内庁職員による代理を立てて執り行うことを増やすことをさらに励行すべきであると思われる。

次に、④(摂政の設置について)である。

摂政の設置は、負担軽減策のうち、一つの選択肢としては、当然、ありうる。

今回についていえば、摂政は、皇太子が就任するべきこととなるだろう。

しかしながら、皇太子自身も、自ら臨席しておこなう公的行為は、年を追って増えているはずであり、おそらくそのスケジュールの過密度は、既に相当なレベルにのぼっているはずである。

現状のように、天皇の自ら執り行う国事行為・公的行為・宮中祭祀が過重になっている状況で、皇太子を摂政に立てて、天皇のおこなう国事行為・公的行為・宮中祭祀を摂政皇太子に振り向ければ、摂政として、また皇太子として、国事行為・公的行為・宮中祭祀が集中する皇太子のスケジュールと業務量がパンクしてしまうことになるように思われるのである。

それでは解決にならないというか、別の問題を生んでしまうだけのことになる。

昭和天皇と今上陛下は、特に国事行為・公的行為・宮中祭祀を自ら執り行うことを重視されてきた。

そういった歴代天皇陛下がそれぞれの思いで増やされた公的行為をそのまま引き継いでは、代を重ねるにつれて公務量がパンクすることは明らかである。

昭和天皇と今上陛下は、第二次世界大戦に対する贖罪のお気持ちを長年背負い続けてこられ、国民に親しまれる象徴天皇の形を確立すべく、国民に接する公務の機会の拡大を志向されるといった形で、尋常ならざる努力を積み重ねてこられた。

昭和天皇や今上陛下のご努力は、さまざまな公務を新たにお引き受けになるという形で、年々、公務の増大を招いてきた。今上陛下は、皇太子時代にも自身が公務を増やしつつ、昭和天皇がお引き受けになった公務を、大半継承された。皇太子時代の公務を現皇太子にバトンタッチしたとしても、バトンタッチしきれているのかも疑問である。

自分が始めた公務というのは思い入れのあるものであり、また、先代の天皇が始めた公務を引き継ぐ者は、そのままその思いを引き継ぐという重責を負うことになる。

「天皇も代わったのでもう止めます」「今後は天皇でなく皇族で代理してもらいます」とはただでさえ言いにくい、はなはだ憚りの多い公務削減作業であり、相当な困難を伴うものと思われる。

一方、公的行為に天皇が臨席するか、皇太子が臨席するか、どの皇族が臨席するか、代理代読で済ますか、というのは、行事の主催者側からすれば、格と体面に関わる関心事になってしまいがちである。

要するに、天皇や皇太子の臨席する公務は、増えるばかりで、リストラするのはきわめて大変なのである。

天皇や皇太子に、自ら思い入れがあるほど、先代の思い入れを継承しようとして受け止めようとすればするほど、後継者がまじめであればあるほどに、公務の軽減は難しくなる。

さらに、宮中祭祀についてである。宮中祭祀を天皇自らができるだけ執行をすべきなどというスタイルは、そもそも皇室古来の伝統ではない。

平安時代に4歳とか10歳といった幼少で就任した天皇も多かったことを考えればそれは容易にわかる。

冷暖房もない拝殿で、長時間、祭祀を主催するというのは、並大抵の体力・精神力でつとまるものではない。

相当な消耗を強いられるであろう。

だからこそ、江戸時代以前までは、摂政関白にもよらない、公家(公家というのはほぼ藤原氏か公家源氏であって、皇族ではない)による代拝が、ごく当り前だったのである。

明治天皇・大正天皇になって変わったかと言えば、江戸時代までの公家の代拝が、侍従(戦前は華族)の代拝になっただけのことである。

それが、昭和天皇の代(大正天皇の摂政就任以降)になってから、宮中祭祀を代拝で済まさず直接ご自身で執り行われることが格段に増えたようである。

これは、昭和天皇の責任感の尋常でない強さゆえであっただろう。

そして、そのスタイルが、今上陛下にそのまま引き継がれているようである。

宮中祭祀については、江戸時代には窮乏した朝廷ゆえに消滅していた祭祀もずいぶんあったようである。

が、明治時代になって、ある意味財政的裏付けもできて、天皇の権威を強化する思惑から、多くの宮中祭祀が復興され、また新たな祭祀が創始されたとされる。

つまり、ただでさえ、江戸時代の天皇よりはるかに宮中祭祀は過密スケジュールになっている。

そこに、明治天皇大正天皇よりも、昭和天皇や今上陛下ははるかに宮中祭祀を自ら執り行うようになった。

つまり、宮中祭祀だけでも、今上陛下の負担ははなはだ旧来より過重されてしまっている、ということであろう。

これは、相当に深刻な問題なのである。

むしろ宮中祭祀の侍従による代拝化、というのをかなり積極的に進めないことには、天皇の負担の軽減は覚束ない。明治以来の伝統だといってもその簡略化や廃止は簡単ではないから、おそらく侍従による代拝化くらいから進めるしかないであろう。

それを、代わりに摂政皇太子がやればよい、というのは、これまた、皇太子に大変な無理を要求する話なのである。

そもそも、皇族が摂政をやったのは、聖徳太子、中大兄皇子といった、日本書紀の時代の話である。

しかも日本書紀の時代には摂政という名称すら、あったわけではない。

日本書紀が後から、「まつりごと(政)をと(摂)った」者という意味で書いているのが、平安時代以降先例として採用されたものであるというべきである。

摂政は律令制に規定のない令外官であり、奈良時代にはそもそも正式な律令上の職として存在してはいない。

さらに、平安時代以降は、臣下である藤原氏しか、摂政に就任していない。

つまり、皇族でなければ摂政ができないということ自体、実は、日本の伝統ではない。

しかも、皇室の祭祀で代拝などをおこなうのも、別に必ずしも摂政ではなく、多くは祭祀を司る中級以下の公家であった。

摂政皇太子が代わりに宮中祭祀をおこなえばよい、という方向性に、私は、賛成できない。

摂政皇太子のパンクを避けるためには、祭祀の代拝は、摂政皇太子に振るのではなく、侍従や宮内庁職員にさらにアウトソーシングすべきなのである。

こういった憚って言いにくい背景があるからこそ、負担の軽減というのが、この有識者会議の表題にもなっているのではないだろうか。

質問事項には正面から書かれていないが、国事行為・公的行為・宮中祭祀を天皇が自ら執り行う範囲を縮小し、皇族はもちろん侍従や宮内庁職員による代理や代読や代拝で済ませるように移行していくことをもっと推進すべく検討すべきという点が、重要な要検討事項だと思われる。

それに重きをおいて答えている有識者があまりにいないのには、やや首をかしげるところである。

単に、摂政皇太子が代わりに執り行えばよいという回答は、きちんと現状の問題に回答したことになっていないのではないかと思うところである。

さて、摂政皇太子が代わりに行えばよいとして、皇太子の摂政就任と摂政への事務の以降をを実行してしまった場合に、どういう事態が生じるであろうか。

今上陛下が在位のまま、摂政に皇太子が就任したとして、皇太子が「これまでは天皇が直接臨席したり執り行ってきましたが、私が摂政になって以降は、侍従による代理・代読・代拝にできるだけ移行します」と、宣言して実行できるものだろうか。

今上陛下が自ら執り行うことへの長年お持ちの思いやこだわりを考えれば、摂政皇太子や宮内庁の侍従や官僚たちが、今上陛下在位のまま、今上陛下は一応口を出されないからといっても、摂政としてそのような公務軽減を実施するといっても、実際には、今上陛下の思いへの憚りがあまりに大きすぎて、結局実現が困難だろうと思われる。

となると、やってくるのは、摂政皇太子の国事行為・公的行為・宮中祭祀の殺到による、さらに悪い形でのスケジュールパンクである。

まだしも、今上陛下が生前退位によって一切の公務から身を引かれ、上皇として次代への一切の口出しはしないというご自制をいただいた上で、次代の天皇の公務や宮中祭祀の負担の軽減を、次代の問題として果断に処理することが、より新時代にふさわしいものというべきように思われる。

単に摂政を置けばよいという有識者の回答がいくつも見受けられるのであるが、公務の軽減という、有識者ヒアリングのテーマに実は十分に答えられていないように思われるところである。

⑥(天皇の退位について)は、私は、生前退位はありうるべきと思っているが、少なくとも今回は、皇室典範の特別措置法で対応するのがよい、という考えである。

まず、一部の評論家諸氏が挙げている理由として、天皇の生前退位が憲法上禁じられている、などというものがあるが、そのように憲法を読むことはおよそ不可能であると思われる。

そもそも、なぜ現行の法体系で生前退位がいまできなくされたかといえば、明治以降、戦後の改正でも、皇室典範に生前退位の規定が置かれていないからということに尽きる。

江戸時代までは歴代のうち約半数の天皇がおこなっていた生前退位が明治の皇室典範によってできなくなったということである。

生前退位ができないという伝統はたかだか明治時代以降のことであって、古来の伝統や1000年以上にわたり蓄積された先例にはむしろこの100数十年だけ反しているということもできる。

これは、幕末期に攘夷運動の理由として存在した「鎖国は皇国伝来の祖法である」などという誤謬と似ている。

伝統というのはどこまでも先例の積み重ねによって形成されていくものである。

現行の法体系で言えば、生前退位を予定していない(といって、明文上は禁止もしていない)皇室典範はあくまで法律のひとつである。

あらためて、天皇の生前退位が憲法違反だなどという意見は的外れであろう。

次に、天皇の生前退位は、天皇制がどうあるべきかという問題、すなわち法律(皇室典範)がどうあるべきかという問題であり、また、天皇の憲法上の位置付けに照らし、国民の総意に基づくことが望ましいということになる。

なにしろ、天皇の生前退位が起きれば、元号すら変わる。

だから、国会の議決による承認は、生前退位の都度、必要であろうと思われる。

しかし、例えば、国会の議決をその都度要するといったことを皇室典範に書くべきであろうか。

あるいは、退位は天皇の意思に基づく、と書くのであろうか。

国会の議決と天皇の意思を両方要件にするのであろうか。

高齢なら退位を認めるというなら高齢とは何歳であろうか。

高齢でなくても心身に支障を来すことはあるのではないか。

認知症に陥った天皇はどうなるのか。

事故や病気で植物人間状態になった場合はどうか。

精神に異常を来した場合、素行不良が過ぎて国民の信頼を失った場合、職務放棄の場合はどうだろうか。

英国王エドワード8世のような結婚問題から退位を希望した場合はどうか。

退位希望が結婚というよりLGBTを理由とするものだとすればどうか。

余命いくばくもないから公務から解放されて静かに暮らしたいと願った場合はどうか。
果たして、こういった事由を、皇室典範で列挙できるものであろうか。

それに外国の王位継承法ではそこまで列挙しているのであろうか。

こう考えると、実は、起こりうる合理的な生前退位の事由を、皇室典範で列挙して、かつ不合理の無いよう、さらに政治の側からも皇室の側からも乱用が起きにくいように、遺漏無く規定するというのは、そのような法改正作業自体が、大変な議論、へたをすると争論と紛糾を巻き起こしてしまう可能性が相当に高いのである。

特別措置法でなく皇室典範そのものに退位事由を記載せよ、という意見は、事情はよくわからないがなぜか野党議員がよく主張しているようである。悪く取れば、与党の方向性に対する政争の具として、国会で争論と紛糾を招かせるために主張しているのではないかと思わせるところがある。

法律の効力として、法律と特別措置法に優劣があるわけではない。

「皇室典範と特別措置法では、格が違う」ということであろうか。

そうだとすれば、それは情緒的な議論というしかない。

天皇の即位・退位・譲位、上皇の立ち位置も含め、宮中の決まりごとというのは、実は、先例の積み重ねである。

江戸時代までであれば、その都度公卿会議で決定されたことが有職故実として累積されているもので、いわば英米法系の、判例法、不成文法型の法体系ともいうべきものである。

天皇の生前退位については、明治より以前についてはほぼ半数の天皇が生前退位しているという現実がある。

その理由は様々であり、退位が適当であった場合も、退位の思惑によって混乱が生じた場合もある。

自然と、よき先例と、悪しき先例が歴史的に検証されて想定されてきたものである。

その都度公卿会議や幕府との協議の上、よき先例に適合するような形に配慮されて、生前退位が行われてきた。

そして、一旦、明治になって、皇室典範によって、全ての生前退位は悪しき先例として全否定されてしまった。

しかし、生前退位が、よき先例として将来的にも参考になる状況があるのであれば、再び、よき先例としての生前退位の事例を一から積み重ねていくことは、一概に否定するべきではないように思われる。

そう考えれば、現状の皇室典範では想定されていない生前退位について、特別措置法で今上陛下の退位を国会で議決しておこなうことは、シンプルに生前退位の一つの先例を積み重ねるという作業であって、国民の総意が今上陛下の退位を認めたいというところで収斂している以上、一番穏当で余計な議論の紛糾を招かない解決ということになる。

なにより、今上陛下の退位に関係のない、あらゆる退位の可能性について列挙すべく検討しなければいけないといった、議論の紛糾と争論の可能性を、賢明に避けることができる。

今後さらに、将来の天皇が生前退位すべき場合が発生したら、そのときに国民の総意を汲んだ国会で特別措置法として慎重に議決して次の先例を作ればよいというのが、私の考えである。

そういった先例が何回か積み重なったころ、たとえば100年後、200年後になって、皇室典範の退位の事由を定めてもよいと考える時代が来たとしても、不都合はないと思われる。なにしろ皇室は既に1500年以上、先例の積み重ねの上に、ゆったりと続いてきているのである。

皇室典範の特別措置法でなく、皇室典範そのものに退位の規定を入れよと力説する論者が少なくない。

しかし、その場合、皇室典範そのものに退位事由を入れるとして、単に高齢か心身の故障の場合だけ退位を認めるということだろうか。

その程度の規定だったら、たちまち別の事情に対応できないことになるから、その都度泥縄式に退位事由を追加していかざるを得ないこととなる。

それなら、別段、特別措置法をその都度定めることと大差がない。

高齢や心身の故障の場合に退位が問題になる都度、特別措置法の先例に照らし、その都度により国会の議決を得ることは、紛糾が生じるはずもなく、容易だからである。

が、あらゆる退位の事由を列挙すると、恣意的退位(政治の側からも天皇の側からも)の危険も高まってしまうのである。

そして、その退位事由を列挙する立法作業が現実にどれだけ余計な争論を巻き起こすか、論者にはあまり思いが到っていないないのではないかと思うのである。

というよりも、生前退位そのものに反対する論者は、退位の事由を定めることが恣意的退位を招くことを恐れているものと思われる。

だからこそ、生前退位を認めることそのものに反対し、それを回避するために摂政の設置でまかなうように主張していると思われる。

そして、生前退位反対論のもうひとつの根幹が、上皇と天皇の間での権威の分立を恐れる、という点である。

日本国憲法下の天皇には政治的権能(権力)がない。

だから、明治以前のような生前退位が生じても、「権力」の分立はおこらない。

しかし、「権威」の分立は起こりうる、というのが、生前退位反対論者の見解である。

こういった見解には、一理ある、と言える。

私は、退位した天皇は、公務からは全面的に身を引くべきであると思う。

現天皇と上皇が公務を分担するのは、望ましくない。

上皇が公務を望んでも排するくらいのルールを定めるべきであると思う。

公務を上皇が分担する、つまり一部でも関与すれば、上皇の回りに公務遂行スタッフが相当数つかざるをえなくなる。

そこには、公務という仕事に対する一種の縄張りや綱引きといった意識が生じるのは、避け難いと思われるからである。

天皇がカットしようとした公務を、上皇が、やはり自分がやる、と言ったらどうなるかを、考えてみればわかる。

天皇のスタッフと上皇のスタッフが公務遂行ラインとして併存するというのは、たしかに院政の悪夢の再来である。

言い方を変えれば、退位した天皇が公務からも宮中祭祀からも全面的に身を引いて、容喙もしないというルールが作れるのであれば、それでもなお生前退位そのものに反対するということにはならないように思われる。

今上陛下の公務量は明らかに異常な量であり、このような公務量を天皇自ら執り行うことを今後も続けていくことは、皇室制度の持続可能性に関わる。

皇太子の摂政就任期間は、大正天皇の際は約5年間であった。

が、今度摂政になればもしかするとそれが20年間になりかねないということは考えられないであろうか。

そのときに摂政が公務に耐えなくなるということもあるであろう。

そうすると皇太子は摂政を退任してただの皇太子となり、さらに次代の宮が摂政となって交替するのであろうか。

皇太子が今上陛下に先立ったらどうなるのか。

皇太子妃殿下は、皇后陛下になる機会もなく、その立場で皇族を統括したり、次代に範を示したり、公務などに臨む機会も失われる。

それで、次代への皇室の伝統の継承が円滑にできるのか、と懸念を、今上陛下が深刻に持たれて、皇太子が年を取り過ぎない間に皇位に就いて象徴天皇という立場を身をもって自覚して実践してもらいたい、と考えておられるであろうことは、もっともなことであると思う。

生前退位は摂政で代替できるという意見もあるが、現代の長寿化を考えると、ことは単純では無い。

なにより、80数歳までプライベートの時間も満足になくひたすら激務に従事し続けてきた天皇が、退位を希望して、残りの人生を皇太后と静かに過ごしたいと考えられているとしたら、それに対し、天皇は一般国民とは責務の重みが違う、といって、原則論で否定するのは、人としての素朴な心情にそぐったものではない。

欧州などの立憲君主制の王家の例を考えれば、退位による権威の二重化や分立といった事態を深刻に懸念するのは、神経質に過ぎる、というべきであろう。

我が身に照らして考えれば、辞めたくてもここまで無理に辞めさせてもらえないというのは、残酷ですらあると思う。

政治家や大企業の社長会長といった、よほどの社会的重責にある場合でも、さすがに引退させてあげればよいではないか、となるはずである。

こういった、国民の総意が納得するであろう、相当な高齢・健康といったもっともな理由があれば、特別措置法で今上陛下の退位を認めることに、目に見えた派生的悪影響とか不都合はないだろう。

むしろ特別措置法でなく皇室典範そのものに退位事由を記載するような改正を目指す方がよほど派生的議論と影響を生むように思われる。

そして、本来は、公務の軽減というベースを離れずに議論することがが、この有識者会議の一番の目的であるべきのように思う。

つまり、特別措置法で今上陛下の退位を承認し、合わせて、次代の天皇のもと宮内庁によって大胆な公務軽減を積極的に推進することが解決策として妥当、というのが、私の意見である。

なお、別の視点で、仮に今上陛下が生前退位して皇太子が皇位についた場合は、秋篠宮は皇太弟ではあっても皇太子になれない、東宮御所が使えない、東宮としての予算もつかない、という理由で、皇室典範そのものを改正すべきである、という意見もある。

その指摘には一理ある。

ただ、その解決は単に立法技術のレベルで簡単に実現可能なことである。

現行の皇室典範8条
「皇嗣たる皇子を皇太子という。皇太子のないときは、皇嗣たる皇孫を皇太孫という。」を、
「皇位継承第一順位の者を皇太子、皇太弟または皇太孫とし、皇太弟または皇太孫は皇太子に準ずるものとする」と改正すれば、ほぼ解決する。

この点についての改正であれば(生前退位後に生じる、皇族の身分関係の変動への対応が可能な改正についてであれば)、皇室典範そのものを改正してもなんら問題がないと思う。

というより、退位事由の規定は特別措置法による場合でも、皇族の身分関係の変動への対応については、立法技術として、皇室典範そのものを改正するほうがすっきりするように思われる。

映画「この世界の片隅に」

月曜日, 11月 14th, 2016

アニメ映画「この世界の片隅に」を見た。

京都府下で1館しか上映されていない。

なにしろ原作の漫画がすばらしい作品だった。

あの原作の世界をどこまで再現できるのだろうと思っていた。

予告編や前評判で、「これは・・・すごいかもしれない」と思ったので、見に行くことにした。

原作をはるかに超えるどころか、鑑賞する者を、昭和10年代に生きた者の日常世界にどっぷりと引きずり込んでしまう出来だったと思う。

当時の町や自然の情景を美しく再現したアニメーション映像の出来がなにより感嘆させられる。まずは、見る者はあっという間にその時空に入り込んでしまうのである。

そこには、戦争を描いた映画にありがちな暗い時代という印象はなく、くったくなく人びとが生きている、明るいパステル調の日常世界である。

すずは、とぼけたキャラで、昭和10年代当時の生活の苦難も苦とも思わない、いい意味での鈍感力を持っている。

漫画の原作のエピソードをてんこ盛りにしてくれているので、原作ファンの高い期待も裏切るところがない。

エピソードもだいたいが短いオチと笑いのあるもので、辛い話でもすずの鈍感力とピュアさがどこか救いになっている。

鈍感、と見えるようで実は、すずは円形脱毛症になる。

ということも、一応オチにされている。

見ていてテンポもよいし、台詞の言外にちりばめられた要素が多くて、画面のディテールも一度見たくらいでは拾いきれないくらい豊かである。

繰り返すが、ほんとうに、昭和10年代の呉・広島の時空に、すっぽりと入り込んでしまった。

つくづく、傑作だった。満足。