Archive for 1月, 2017

「仁」という言葉の意味

月曜日, 1月 30th, 2017

今回は、論語の話をしてみたい。

論語を初めて読んだのは、中学1年生のときに、校長先生の授業で「論語物語」(下村湖人)を渡されたときだったから、かれこれ36年余り前ということになる。

授業であまり論語を採り上げたわけではないが、「論語物語」は、読んでハマりにハマった本であった。

夢中で読破し、続いて岩波文庫の「論語」訳注やら、孔子の思想の解説書など、何冊も買い込み、飽き足らずに図書館で借りては読んでいた。

以来、論語は折に触れては読み返す本ではあるのだが、文意にまったく納得できない部分がずっと残っていた。

「仁」という概念である。

論語を読む限り、仁について語られる箇所は50箇所を下らない。

孔子は、「仁」という概念を徳の最上位に置いていて、弟子たちも仁について問う問答が非常に多く、弟子たちも孔子の思想の根幹が仁であるとみなしていたことは間違いないのだが、その「仁」という概念が、私にはどうしてもすっきりと理解できなかったのである。

国語辞典や漢字辞典では、仁は「思いやり」「いつくしみ」が語意であるとされる。2人の人がいて、他人を思いやる心である、というものである。

ほとんどの論語の解説書にも訳本にも、そう書いてある。

あるいは論語の解説になると、「人を愛することだ」とも「克己」とも「仁愛」とも書かれている。

こういったあたりが仁の語義として学会の通説なのだろう。

しかし、論語を何回読み返しても、仁について語った箇所を「思いやり」と訳しても、意味がつながらない。

こう感じるのは私だけではないはずだ。

だからこそ、学者の解説でも、「仁」の意味は弟子たちにもわかりにくかった、とか、孔子の仁の思想は深遠だ、といった、奥歯に物が挟まったような、隔靴掻痒の解説になりがちである。

実際、後世の儒学者は、必ずしも仁という言葉に孔子ほど重きを置いて突き詰めることなく、別の語句で儒学の教えを構築していくのである。

しかし、仁の意味が「思いやり」なら「他人への思いやり」であって意味は単純で、わかりにくい概念、となるはずはない。

結局、論語を読んでも、訳や解説書に納得できず仁の意味に違和感が残ったままで、そこが孔子の教えというものに対する最大の消化不良点であった。

例にもれず、論語読みの論語知らず、というやつである。

それが最近、ふと、仁とはこういう意味ではないか、と自分なりに、「気づいた」ように思っている。

結論からいえば、孔子の言う「仁」とは、「(1)無私(無我)(2)志道(3)克己(4)利他(5)謙譲」の5つの心構えの複合体であるように思う。

5つの要素はどれも「仁」に不可欠であるが、意外なことに、文意としては、「無私(無我)」のウエイトが高いように考える。

また、「志道」、「克己」。これも、自分の心の内面に向いたものである。

「謙譲」も、外面的なものではなく、志道と克己の行きつく先に現れる態度である。

他人への思いやり、といった情愛的なものというより、「人を大切に思う気持ち」がにじみ出て「利他」として表出するさまをいうものであろう。

道を志し、己に克ち、他人のために尽くし、謙譲を忘れず、努め続け、その先に到達する究極は、無私・無我の境地となる。

この心構え、生き方の姿勢を、「仁」と孔子は表現していると、私は考える。

論語に沿って、例を挙げてみよう。

————————————

(1)「巧言令色鮮し仁」(學而篇第一、陽貨篇第十七)
・・・(直訳)「言葉を巧みにかざることは仁が乏しい。」
この仁を「思いやりが乏しい」とは訳せない。
一方で、「言葉を巧みに飾ることは無私の境地から遠い」という文意ならしっくりくる。

(2)「人にして不仁ならな礼をいかんせん。人にして不仁ならば楽を如何せん」(八しょう篇第三)
・・・(直訳)「不仁ならば、例も楽もどうにもならない」
この仁も「思いやりがなければ」とは訳せない。
心から相手に対し素晴らしいことをするという気持ちを込めて正しい言動に努め、無私の境地で音楽を奏でる。そういう思いで礼と楽を遂行せよという意味であろう。

(3)「不仁者は約におるべからず。もっと長く楽におるべからず。」(裡仁篇第四)
・・・(直訳)「不仁者は逆境に長く耐えられない。順境にも長くはいられない」
この不仁も「思いやりがない者」とは訳せない。
克己心のないもの、志道の心のないもの、利他の姿勢がなく我欲に囚われるもの、の意味であろう。

「ただ仁者のみ能く人を好み、能く人を悪む」
「まことに仁に志せば、悪しきことなし」
これも、思いやりある者、というより、志道と克己の末無私の境地に達した者、であろう。

(4)「回や、その心、三月仁に違わず。その余はすなわち日月に至るのみと」(雍也篇第六)
・・・(直訳)「顔回の心は三か月間仁の境地にあり続ける。私は一日一月続けばせいぜいだ」
ここでいう仁は、持続的な志道と克己に努める姿勢とそれによる無私の境地のことであろう。

(5)「仁を問う。曰く、仁者は難きを先にして獲ることを後にす。仁と謂うべしと。」・・・(直訳)「仁者は困難なことに先に取り掛かり、見返りを得るのは後回しにする」

この仁も、思いやり、ではない。
無私、利他、克己心ある者の意味である。

(6)「仁とは己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す。能く近く取りて譬うるを仁の方というべきのみ」
・・・(直訳)「仁とは自分が立身したいときに人を立たせ、自分が達成したいときに人に達成させる。仁とはもっと身近に譬えられるものだ」
この仁も、思いやりというのではなく、謙譲、利他、他人への貢献、無私というべきであろう。

(7)「知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず」(子罕篇第九、憲問篇第十四)
この場合の仁者は、憂えない、一喜一憂しない、心配に押しつぶされない、の意味である。
これを「思いやりある者」とは訳せない。
不断に道を志して克己した者、無我の境地にある者を仁者というのであろう。

(8)「顔淵礼を問う。子曰く、己に克ちて礼を復むを仁となす」「顔淵曰く、その目を請い問う。子曰く、非礼視ることなかれ、非礼聞くことなかれ、非礼言うことなかれ、非礼動くことなかれと」(顔淵篇第十二)
論語の仁の説明として、時に、仁とは克己のことである、という説明がされるのは、この句に拠るものであろう。
さらに仁の詳細を顔淵が問うたことに対し、孔子は、「見る、聞く、言う、行動する」基準が礼にかなっているようにという。

「正しく見る、正しく聞く、正しく言う、正しく行動する、己を克服すべく正しい思念を持って精進する」ということである。

こうしてみると、孔子の言う「仁」を追究する学び・研鑽なるものは、釈迦の唱えた八正道(正見、正思、正語、正業、正命、正精進、正念、正定)とほとんど同じ、パラレルな内容であることがわかる。

礼は、広義には「正しい規範」のことである。礼にかなった、を正しい、と置き換えてみれば、孔子のこの句と釈迦の八正道の教えがほとんど似通っていることがわかる。

無私、志道、克己、利他、謙譲が、無我と八正道と置き換えることができるとすると、仏教でも原初の教えである釈迦の教えのエッセンスとこの句に見える孔子の仁の教えはかなり相通じるというべきであろう。

なお、先進篇第十一に
「子曰く、回やそれちかきか、つねに空し」という句がある。
・・・直訳「(ほかの弟子たちを一言で評したのち)顔回は私に近い。つねに空である。」
大乗仏教の原初の般若経の根本概念が「空」である。「空」は釈迦の原初の教えの「無我」に近いが、大乗仏教の「空」には社会的存在として利他への志が背景にあり、無我をより肯定的にした概念と大乗仏教では解されている。
孔子は、様々な弟子を一言で喩えるなかで、自らと、自らの最高の弟子であった顔回をして、空と喩えた。
孔子は、上記の雍也篇で、顔回を自分と比べても長く仁の境地にあり続けられる者と評した。つまり「仁」と「空」は顔回への端的な評言であり、孔子が自らのあるべき特性として共鳴する点である。
仁に、空の概念が含まれると考えることは、容易に可能であると思われる。
ちなみに、孔子が生きた時代は、釈迦とは前後するが、大乗仏教の興隆よりはかなり前である。
大乗仏教の「空」は、サンスクリット語の「ゼロ」の漢語訳であるから、孔子の言う「空」とは時代も遅れるし、淵源が全く異なる。
しかしながら、孔子が顔回や自らを評した「空」は、大乗仏教の「空」と相通ずるものがあると言わざるを得ない。
後世の儒家たちが、この点にほとんど気づいていないのは、奇妙に思われるくらいである。
これは、後世、孟子や朱熹の解釈が孔子の思想の解釈のスタンダードとなったことと無縁ではないだろう。
孟子の仁の解釈は当たっている部分と狭く解釈した部分があるし、朱熹にしてもそうである。

*なお、孔子が顔回を評した「空」を、現代の日本語訳の殆どは「米櫃が空=貧しかった(が道を楽しむ)」と訳するが、これはおそらく朱熹以降に確立した解釈である。一方、加地伸行の訳は「心空(むな)し」と訳す。これは、南北朝時代の論語義疏(先進篇の該当箇所)といった古注によるもので、空とは虚心、心を虚しくすることで、心を虚しくすることが道を知るに不可欠で、聖人の道である、それが顔回を空と評した孔子の意図である、という解釈が、朱熹以前には「顔回は貧しい」と解するほかにもかなり有力だった。私見も、顔回を一言で評するのに「米櫃が空だった」はあんまりだろう、と考えるので、古義に拠った加地訳に与したいと思っている。

(9)「樊遅仁を問う。子曰く、人を愛すと」
仁の意味が、「愛」「思いやり」のことであると言われるのは、この句によるものであろう。 「敬天愛人」の淵源も、この句であろう。
しかし、この論語でいう「愛」はLOVEの意味ではない。
古代中国語の愛、原始仏教の愛(執着であるとして否定的)、密教の愛(絶対肯定)、キリスト教でいう愛、現代語としてのLOVE(男女の愛)、は、みな意味するところがが異なる。
古代中国語の愛は、広義には、他人を大切に思い大切に扱う気持ち、というのが一番語感に近いように思う。

(10)「樊遅仁を問う。子曰く、居所恭しく、事を執りて敬し、人と忠なるは、夷狄にゆくといえども棄つべからざるなり」(子路篇第十三)
・・・(直訳)「家にいてもうやうやしく身を慎み、物事に当たれば敬意の念をもって懸命に励み、人に対しては心から誠実であること」
この仁も、思いやり、ではないであろう。無私、克己、利他の心構えと態度のことであろう。

(11)「剛毅木訥、仁に近し」
この仁も、思いやりとは、訳せない。
無私、志道、克己、利他、謙譲だと考えれば、剛毅も朴訥も、心構えや態度としてはかなり性質が近い。

(12)「仁者は必ず勇有り。勇者は必ずしも仁有らず」(憲問篇第十四)
この仁も、思いやり、の意味ではない。
志道、克己の末に、無私・無我の境地に達した者は、物事にひるまないので、必ず勇の徳性を具備するという意味であろう。
勇のことを論じているのに、他人への思いやりがと論じるのは、いささか論証として必然性がなくつながりが弱いであろう。
ここで仁のことを思いやりという語意で論じているものとは思われない。

(13)「子張仁を孔子に問う。」「曰く、恭・寛・信・敏・恵なりと。恭なれば則ち侮られず、寛なれば則ち衆を得、信なれば則人任じ、敏なれば則ち功あり、恵なれば則ち以て人を使うに足れりと」(陽貨篇第十七、堯曰篇第二十)
ここでいう仁が、単に思いやりでないことは明らかである。
無私、志道、克己、利他、謙譲の心構えと態度をもって周囲に接したときの効果を述べたものであろう。
但し、仁者であることの利を説いているようにも見えて、やや功利的で、孔子の教えというより子張ら後世の弟子の教えと思えなくもない。

(14)「子夏曰く、博く学びて篤く志し、切に問いて近く思う。仁そのうちにあり。」(子張篇第十九)
この仁も、思いやり、の意味でないことは明らかである。
志道、克己のためにたゆまず学び努める中に、仁がある、という意味であろう。
なお、朱熹の著「近思録」の語源はこの句にある。

————————————

長々と論語を引用した。

このように、「仁」を「思いやり」と解しては文意が定まらない箇所が実に多いのである。

もっとも、仁を「思いやり」「仁愛」と解して矛盾がない箇所も多いし、そう訳した方が良い箇所もある。

しかし、仁が、「思いやり」「仁愛」だけの語義でないことは、こうやって論語中で仁の語が現れる箇所を一通り検証してみると、改めて自分の臓腑に落ちる思いである。

孔子によって、仁が場面場面でかなり複合的な意味でつかわれるのは不思議なことではない。

英語の”integrity”が、同様に、はなはだ複合的な徳を含む概念として使われることが思い起こされる。

孔子は、語義として通有的な意味を超えて仁という言葉を造語的に使っていた可能性が高い。

とはいえ、上記のような「仁」の語義の解釈は、多くの碩学が書かれた論語の訳や解説書ではほとんど採られていない独自の見解であって、私は、自分の見解の方が正しいとか優れていると唱えるつもりはない。

大修館書店「大漢和辞典」でも「仁」には17種類もの意義が書かれているが、論語に関していえば意味は「いつくしむ、親しむ、思いやり、慈しむ、親しみ、克己、徳化、善政」などである。

ただ、文意の解釈としては、私の読み方が自然だと、今ではほぼ確信に近く感じている。

愛読書として折に触れて論語を読んで三十六年を経てようやく、論語の最上の徳「仁」の語意の解釈に、自分なりにたどり着いた、という思いである。

人権疲れとトランプ現象

火曜日, 1月 17th, 2017

トランプ現象の背景にあるのが、米国の国民の「ポリティカル・コレクトネス」に対する嫌悪感の拡がりにある、というニュース解説が目立つようになった。

アメリカの民主党政権というのは、歴代、概して、米国内にとどまらず、外国の人権状況に対するコミットメントが厳しく、クリントン政権もさりながら、オバマ政権に至ってその傾向は強まったと言えるだろう。

そもそも、オバマ政権の前のジョージ・W・ブッシュ大統領の共和党政権が、「サダム・フセインを打倒して、イラクに民主主義を根付かせる」「民主主義の戦い」と宣言して、あのイラク戦争を引き起こしたのである。

その結果が、イラクの宗派対立からの大混乱と内戦、あげくにISの台頭である。

さらに、イラク戦争は、中東の独裁国家への反発を広げ、アラブの春を誘発する。

アラブの春で、革命がある程度成立してしまったほとんどの国は内戦などの大混乱に陥った。

独裁が復活したエジプトなどは人権抑圧とともに安定を取り戻しもしたが、最悪の結果がアサド独裁政権下のシリアで、ISはおろか、反政府組織もテロ組織に親和性があり、それに対するアサド政権の虐殺と人権抑圧は内戦前よりはるかに激化した。

EUにはシリアから難民が大量に流入し、難民を寛容に受け入れてきたドイツやフランスの「ポリティカル・コレクトネス」を根本から揺るがした。

イギリスに至っては、EUの理想である一つのヨーロッパというという「ポリティカル・コレクトネス」から、国民投票によるEU離脱決定という形で、背を向けてしまった。

その中でのトランプ現象である。

「ポリティカル・コレクトネス」に対し、あからさまに露悪的に背を向けた言動を繰り返したトランプ氏を地滑り的に大統領に押し上げた米国社会には、どこか「ポリティカル・コレクトネス疲れ」の空気がひっそりと拡がっていたのだと思われる。

フィリピンでは、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領は、検察官出身であり、ダバオ市長時代から麻薬犯罪に対する過激なまでの取り締まりをしてきたが、ドゥテルテ大統領の言動を、オバマ政権が人権侵害であると繰り返し警告したことから、ドゥテルテ大統領が激しく反発し、米国とフィリピンの国家間の関係は抜き差しならない状態に陥ってしまった。

ドゥテルテ大統領は、検察官出身で、現時点では少なくとも、見境の無い暴君というわけではなさそうである。

フィリピンの麻薬戦争において麻薬密売犯罪組織を撲滅するためにやむにやまれぬ強硬手段を講じているという自覚を持っていることが、言動からうかがえる。

コロンビア麻薬戦争、メキシコ麻薬戦争といった、犯罪組織との内戦ともいうべき状態にある国々を見ていると、フィリピンの麻薬組織の深刻さと社会全体にもたらしている被害も相当なものであり、それが、麻薬組織に対し殺戮を辞さない超法規的な取り締まりをおこなうドゥテルテ大統領が、国民支持率90パーセントという異常な支持を獲得している理由であろう。

もちろん、ドゥテルテ大統領の行為が、デュー・プロセスでアウトであることは疑問の余地はなく、ペルーのフジモリ大統領のごとく(フジモリ大統領もペルーの麻薬組織を強引に撲滅して社会的経済的安定をもたらした)、政治的に落ち目になれば職権濫用・虐殺の汚名を着せられることは容易に想像がつく。

ドゥテルテ大統領は、そこまで予測しながら麻薬密売犯罪組織の壊滅を優先しているかのような開き直りを感じる。

これが、ドゥテルテ大統領が守りに入って自らの保身に走った時は、たちまち市民を弾圧する独裁政権へと転ずる可能性は否定できない。

一方、麻薬組織の撲滅がひと段落つけば、法曹らしくデュープロセスに回帰する可能性もある。

トランプ大統領はといえば、ポリティカル・コレクトネスを偽悪的に貶めるような発言が目に付く。

ポリティカル・コレクトネスそのものがトランプ氏自身に対する攻撃手段だとみなして、手当たり次第に反発しているように見受けられる。たいしたことでもないのにスルーができていないのが幼稚に見えるくらいである。

そんなトランプ政権は、オバマ政権とは打って変わって、外国の人権抑圧状況をスルーするようになる可能性が高いと思われる。

これは、一面では世界の人権外交と人権状況の後退である。

しかし、米国の人権外交が、OECDレベルの先進国を除けば、多くの国にとって国の実情を無視した迷惑な内政干渉、政権転覆行為、犯罪組織の跋扈や混乱を助長し国民を不幸に陥れる行為と、しばしば受け取られていることも、一面の事実である。

さらに、多くの場合、米国の人権外交は、実は米国の国益追及と裏でリンクしていて、米国の国益にそぐわなければ米国はしばしば人権外交を手控える、という批判も、また一面の真理であろう。

例えば、中国国内での人権抑圧には、米国の歴代政権は、民主党政権含めて、極めて寛容である。

米国の、イラク戦争の遂行や、アラブの春への中途半端な口先介入による混乱が、人権外交の結果だとすれば、人権外交が招いた中東の諸国民にとっての結果として最悪である。

トランプ大統領のアメリカは、外国との経済関係とのバーターで、外国の人権状況など、簡単にスルーしてしまうように思われる。

そういう意味で、トランプ政権下で、対ロシア、対フィリピンなどとの関係の改善が見込まれるのは、予想とたがうところではないだろう。

トランプ次期大統領は、シリアなどはアサド政権とロシアの圧政に任せた方がよいと、まじめに考えている可能性が高い。

米国基準の感覚で人権を振りかざすことが、ある国家の状況においては、最大多数の最大幸福に必ずしもつながらないことを、米国が、対外的にも、対内的にも、ここ数年で示してしまったのかもしれない。

それは、世界にとって、長期的には不幸なことであるが、短期的には社会の安定と経済的繁栄をもたらすかもしれない。

トランプの米国が、人権外交を押し付け振りかざすというオプションをあまり行使しなくなる、というのは、ある意味米国が世界の多様性を認め、傲慢な理想の押し付けを控えるようになる、といえるようにも思われる。

米国の傲慢な利益誘導とパワーゲームが逆に増えるとは思われるが、それはそれで他国からすれば米国の行動基準を予測しやすくするかもしれない。

一方、トランプ氏の論理と政策が、米国民の幸福の最大化をもたらすかは、正直疑問なようにも思う。

とにかくも露骨に利益誘導的でエキセントリックで、一国の指導者としての持続可能性に疑問がわくほどに危なっかしい。

とはいえ、米国という民主主義社会は極めて強靭であるから、とことん深刻な事態にはならないとも思われる。

なにしろ、8年間のジョージ・W・ブッシュ政権すら、米国はやり過ごしてきた。

ブッシュ政権のもとで起きたリーマンショックは民主党政権がしりぬぐいをし、アフガニスタン戦争・イラク戦争は共和党が政権を奪還してなおまだ負の遺産として尾を引いているが。

米国はやはり民主主義国家としては別格だと言わざるをえない。

しかし、歴史を鳥瞰すれば、先進国と中進国と途上国、さらにはキリスト教国とイスラム諸国とアジアの国々を、経済的状況もさりながら人権状況において、ひとくくりにすることができないこと、それぞれの国がめざす解は短期的中期的に一つではないことも、また事実である。

米国腐敗防止法とサムスン

月曜日, 1月 16th, 2017

本日のニュースによると、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領と友人の崔順実(チェ・スンシル)氏を捜査する特別検事が、2017年1月16日、贈賄容疑などでサムスン電子の李在鎔(イ・ジェヨン)副会長の逮捕状を裁判所に請求したとのことである。

昨年から、報道において、サムスングループ企業のサムスン物産と第一毛織の合併に関し、朴大統領がサムスン物産大株主で政府所管の国民年金公団を通じ合併のための便宜を図った見返りとして、崔順実氏がドイツに所有する企業「コレスポーツ」と220億ウォンに上るコンサルティング契約を結び、崔被告のめいのチャン・シホ被告が運営していた韓国冬季スポーツ英才センターに16億2800万ウォンの後援金を支払ったことなどの疑いが取り上げられ、問題視されていた。

国によって贈収賄の法制も認定も異なるため、一概に比較はできないが、日本であれば、崔順実氏の職務権限の壁を越えるのは簡単なことではないと思われ、このようなケースで贈収賄を起訴に持ち込むことは検察官が断念した可能性も高いように思われる。

一方で、以前から韓国社会で接待や賄賂が横行する風潮については批判が絶えず、その懸念が最悪の形で露呈したということなのかもしれない。

昨今の、韓国世論の朴槿恵大統領や崔順実氏に対する非難の声は、あまりに厳しく、韓国の検察としても世論の注視に抗しきれず、立件をしないわけにはいかなくなったのではないかと思われる。

サムスングループトップが贈賄罪で有罪になるかは、韓国の司法判断と、事実関係によるので、にわかに判断しようがないところである。

しかし、仮にサムスングループトップが、サムスングループの合併に関して贈賄罪で韓国で有罪になった場合、米国腐敗防止法(FCPA)の適用、それに関しサムスングループの経済的活動への重大な影響、という懸念が、顕在化する可能性が高まる。

そしてその韓国経済への影響は、甚大なものになる可能性がある。

米国腐敗防止法は、米国から見て外国の公務員への賄賂を米国法で処罰するものであるが、米国以外への域外適用の余地が非常に広く認められている。

藤川信夫「新たな国際汚職防止法の考察」 615ページ
http://www.law.nihon-u.ac.jp/publication/pdf/seikei/50_3/19.pdf
によれば、

株式または米国預託証券等の証券を米国証券取引所に上場している法人の場合、当該法人等およびその役員、取締役、従業員、代理人、株主(役員等)がFCPAの対象となる。

サムスングループは米国においても複数の子会社を上場させている。

他にも域外適用のルートは複数ありうる。

サムスングループのトップがサムスングループの事業に関し贈賄をおこなって韓国法で有罪となったとなると、米国腐敗防止法の域外適用を回避する可能性は極めて乏しくなるのではないか、と懸念を感じざるをえない。

もっとも、サムスン電子の広報部門は、サムスン電子は米国腐敗防止法の適用はない、とアナウンスしたようである。

サムスン電子のアナウンスをどこまで信じてよいものか、と感じる向きもあるだろう。

企業間取引の法務チェックの現場にいる弁護士の実感として、上場企業、外資系企業、輸出入関連企業はもちろんのこと、一見国内の中小規模の企業同士の取引であっても、取扱商品について上流下流の企業との関係から、米国腐敗防止法はじめ各国の腐敗防止法や贈収賄法規への抵触を禁止する条項を継続的取引契約で入れるのは、かなり当たり前になっている。

そういった契約条項では、仮に契約の相手方の企業の役員、従業員が腐敗防止法等に抵触すれば、無条件での契約解除や、取引打ち切りに関する損害賠償などが可能であることが定められている。

このような腐敗防止法抵触企業との取引解除ができることを広く定めるようになってきたのは、端的に、贈賄企業への経済的利益の提供により、共謀に問われることや、レピュテーションリスク、株主からの追及リスクを懸念するからである。

贈賄企業の株式を保有することも、リスクファクターとなる。

すなわち、現在のグローバル企業間の取引のスタンダードでは、贈賄企業との取引を強制解消して、取引関係を打ち切り、関係を遮断することが、社内コンプライアンスとなっているのである。

サムスングループトップが韓国内で有罪になったとすれば、サムスングループについて、米国の司法省による捜査は避けられないように思われる。

米国の司法省による、企業犯罪に対する厳罰化は、近年はなはだ厳しさを増しており、罰金や損害賠償合わせ数千億円単位の制裁が命じられている事例があとを絶たない。

しかしさらに問題なのは、サムスンは、アジアで最大規模のグローバル企業のひとつであることである。

サムスングループの経済規模は韓国経済の2割を占めるといわれているほどである。

サムスングループの取引先の大半も同様にグローバル企業であるから、米国腐敗防止法その他各国の腐敗防止法抵触の観点から、継続的取引契約を打ち切る可能性は相当程度見込まれると思うところである。

サムスンとの取引がサプライチェーン上欠くことができないような企業は、今回の報道を見て、社内コンプライアンスや契約条項との関係で対応をどうしたものか、頭を悩ませているものと思われる。

おそらくはサムスンだけに切るに切れず、というところであろう。

これが取引相手が中小企業で賄賂による立件騒動が起きたのであれば容赦なく切り捨てられるであろう。

しかしサムスン相手でも切りに行く取引先はあると思われる。

代替品が容易に調達できる製品やサービスならそうなるであろう。

サムスングループの販売する製品や商品で、BtoC、つまり一般消費者向けの商品であれば、売り上げへの悪影響はさほどではないかもしれない。

しかし、一般消費者向けの商品であっても、その部品調達ともなると、欧米日などの先端技術を持つ企業のサプライチェーンからの調達が不可避である。

そのサプライチェーンの企業らから取引遮断されてしまうと、商品供給に支障を生じることになるだろう。

BtoBとなると、取引遮断により、影響は深刻になる可能性がある。

さらに各国への官公庁購買における入札参加資格ともなると、サムスングループの排除は現実のものとなるであろう。

国によっては、米国腐敗防止法の適用などに動じない国家もあるかもしれない。

しかしそういった国の企業でも、米国での経済活動をしている場合は、リスクとは無縁でいられない。

財閥グループの寡占経済である韓国においても、特に、サムスングループにとっての打撃は、韓国経済への打撃に直結する。

他の財閥グループの類似事案掘り起こしによる贈賄罪立件の波及の懸念も高まることになる。

韓国の他の財閥企業グループもサムスンとの取引に躊躇せざるをえないことになる。

韓国経済への打撃が顕在化すれば、通貨安、外貨準備高の減少、とスパイラル的にダメージが拡大し、韓国通貨危機、さらに周辺アジア諸国への通貨安の波及もありうる。

おりしも日韓の通貨スワップ協定の協議も中断されてしまった。

しかしなぜか、昨年後半から年末年始にかけて、サムスングループへの贈収賄疑惑が取りざたされている中でも、サムスンの株価は下げるどころかじりじり上がり続けてきていた。

サムスングループの時価総額や利益額からして、着実な株価の上昇傾向自体はありうることであるし、むしろ市場心理が落ち着いているとすれば歓迎すべきことである。

しかしこれだけの不安材料があるなかでの最近の上昇傾向は、やや首をかしげるほどであった。

懸念が現実のものにならないことを祈るしかない。

その時は日本経済も無事ではないと思われるからである。

それにしても、韓国政治や、韓国マスコミの、全般的傾向としてのエキセントリックさ、振れ幅の大きさ、近視眼的傾向は、経済や安全保障も含めた国家的リスクを招いているように思われる。

対外勢力による煽動、政治工作に対しても脆弱にならざるをえない。

といって、そもそも財閥企業らによる極端な寡占経済、社会のゆがみ、その中での賄賂の横行が、国家経済にとって深刻なリスクファクターだったわけで、その弱点が露呈したと言えるわけだが。