父子関係がないのにした認知は取り消せるか

最高裁判所第三小法廷平成26年01月14日判決で、

「認知者は,民法786条に規定する利害関係人に当たり,自らした認知の無効を主張することができ,この理は,認知者が血縁上の父子関係がないことを知りながら認知をした場合においても異ならない。」

という判決が出されました。

なお、 最高裁判所第二小法廷平成26年03月28日判決も同じ結論を取りました。

さて、一般の方は疑問に思われるのは、「実際に父子関係がないのに認知したとしても、無効を主張できるのは当たり前ではないか。最高裁が一体なにをいまさら」というところだろうと、思います。

実際に、父子関係がないのに、あるいは父子関係がないだろうことはわかっていても、義理で、あるいは女性から認知訴訟を起こすぞなどと迫られて、妻に不貞がばれてしまうことをおそれて、こっそり婚外子を認知してしまう、という人は少なからずいます。

ちなみに、認知すると認知した人の戸籍の欄に必ず婚外子の認知の記載がされますので、いずれ妻子にばれないはずはないのですが、配偶者の戸籍欄なんか、注意して普段見ませんので、その場限りの逃げとして認知してしまう人はいるのです。

死ぬまでばれずに済むこともあります。でも死んでからはじめて戸籍をよく見て気づいて、婚外子がいるとなって、妻子たちが大騒ぎになるわけです。

さて、こんなことがわざわざ最高裁判所まで争われることになってしまった背景は、民法785条と786条の条文のわかりにくさにあります。

(認知の取消しの禁止)

第七百八十五条  認知をした父又は母は、その認知を取り消すことができない。

(認知に対する反対の事実の主張)

第七百八十六条  子その他の利害関係人は、認知に対して反対の事実を主張することができる。

ちなみに、結婚している父母の間の子の父子関係については、当然に父子関係があると推定されます(嫡出推定。民法772条。推定といってもほぼ見做されるといっていい、強い推定です)。

(嫡出の推定)

第七百七十二条  妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。

2  婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

一方婚姻前後に生まれた子の場合に、父が父子関係を否定する訴えを起こす場合の条文には民法777条というのがありますが、1年経ったら、父子関係が不存在だという訴え(嫡出否認の訴え)は起こせなくなります。

(嫡出否認の訴えの出訴期間)

第七百七十七条  嫡出否認の訴えは、夫が子の出生を知った時から一年以内に提起しなければならない。

わかりにくいかもしれませんが大事なことは、「認知」したり、認知を取り消したり、認知が無効だというのは、つまり、結婚していない間にできた子供についての話だ、ということなのです。

さて、これまでの学説は、婚外子について、自分の実の子でもないのに一旦認知した場合でも、あとから、認知した本人(父)はそれを覆すことはできないのだ、というように解釈するものが多かったのです。父子関係の安定のため、というのがその理由です。

しかし、その父の、実の子たち(兄弟)からしたら、たまりませんね。だから、民法786条で、父は認知したけれど、その兄弟たちは、認知された婚外子に、あなたは実の子じゃないでしょう、相続人ではありません、DNA鑑定しましょうよ、と主張して、「あなたには相続分はありませんよ」といって争うことができるわけです。それを定めたのが民法786条です。

戦前の最高裁判所にあたる大審院の判例で、大判大正11年3月27日判決、大判昭和12年4月12日判決というのがあり、そこでは、婚外子を認知した者は、後日その認知が真実に反することを理由として無効を主張したり認知を取り消すことはできない、という結論が出されました(戦前の旧民法833条に同様の条文があったのです)。

さて、今回の最高裁判決は、その大審院の判決を覆したといえるでしょう。判例変更というべきですが、変更したのは戦後の最高裁判決ではなく、戦前の大審院の判決なので、大法廷に回すのでなくて、小法廷判決で覆したものと思われます。

私も、学生時代に民法を勉強していて、この大審院の判決の結論はおかしいと思っていたところで、民法の実子関係の条文の構造がすっきりと腑に落ちてこないポイントでした。

今回の最高裁判決がこの結論をとった理由として

1.認知者が認知をするに至る事情が様々であることから認知者自身による無効の主張を一切許さないとすることが相当でない

2.血縁上の父子関係がない場合には利害関係人によってそれを理由に認知無効の主張がされるから,あえて認知者自身による無効の主張を制限する理由はない

3.具体的事案に応じて無効の主張を制限したければ権利濫用の法理などによることが可能である

の3つを挙げています。

私には、今回の最高裁判決で、非常に条文理解がすっきりしたように思います。

なお、注意すべきは、認知するために、認知に代えて、あるいは認知にくわえて、その子の出生前後に一時的にでも一旦夫婦として入籍(婚姻)したことによって嫡出推定や準正(民法789条)が働いてしまった場合には、婚姻関係にある間の子という扱いとなり、婚外子の認知の問題ではなくなってしまい、この認知無効の裁判は起こせなくなる(1年以内の嫡出否認の訴えに限られる)、ということです。

(準正)
第七百八十九条 父が認知した子は、その父母の婚姻によって嫡出子の身分を取得する。
2  婚姻中父母が認知した子は、その認知の時から、嫡出子の身分を取得する。

日本の民法は、子供が夫婦関係にある間に生まれた場合と、夫婦関係にない間に生まれた場合で、いろいろと区別しています。相続分の差については、このブログにも以前に書いたように先日の最高裁判決とそれに続く民法改正で区別が無くなりましたが、嫡出推定と認知の間では、依然として、かなり厳然とした差をつけている、ということです。結婚という家族の「形」を、日本民法はやはり重視し、保護しているわけです。

ところで、私は、民法の親族法の次の課題として、嫡出否認の訴えが1年以内に限定される、という民法775条こそが、今の時代に合わなくなっているのではないか、と思っています。

現代には、DNA鑑定という、親子関係の存否を確定するための決定的なツールがあります。

婚姻関係にある間の子どもが実は父の子ではないと言うことがDNA鑑定で後日判明したという場合に、なぜ父は子が1歳以降は親子関係不存在を主張できなくなるのか。不思議なことです。

つい先日、最高裁判所第三小法廷平成25年12月10日判決は、性転換手術をした父による嫡出推定を認めました。

http://blog.lawfield.com/?p=72

上記判例で明らかになったのは、嫡出子とする、という意味に、父が子を(生物学的親子関係の有無に拘わらず)自分の嫡出であると認める主体的意思があることに重きを置くべきである、というのが最高裁の思考であるということです。

だったら、今の最高裁の感覚でいけば、たとえ1年経っていようと、父が、DNA鑑定で自分の子でないとわかった時に、嫡出否認したいと思えば、その父の主体的意思に重きを置いて、嫡出否認の訴えをすることも許容してあげないとおかしいように思います。

善良な父であれば、父子関係に多少の疑いがあっても、0歳児の我が子に、DNA鑑定なんかしませんよね(そんなことを言っただけで妻と揉めるどころの騒ぎではありませんから)。

でもそんな善良な父は民法では保護されないどころか1年で切り捨てられるのです。

しかし、嫡出否認の出訴期間を1年に制限しているのは民法777条という法律そのものなので、あまりにはっきりした明文ですから、裁判所はそれに反する判決はだせない、ということになります。

この民法777条は、DNA鑑定の普及した現代に生きる者の感覚でゼロベースで理解しようとしても、理解しがたい、不思議な条文です。

実際に紛争として問題になるのは、親子関係の場面というより、兄弟など相続の場面(遺産分割における相続分の存否の争いの場面)ですのでね。

でも、この不合理を解決するには、民法777条を国会で法改正する以外にはありません、というのが、三権分立の日本国において、司法の分野に生きる法律家の限界ということになります。

西村幸三

lawfield.com

京都・烏丸三条にある法律事務所を運営。ニュース・法改正・裁判例などから法務トピックを取り上げていきます。