小保方晴子氏の記者会見を見て

私は4月8日に、 「悪意のない間違いって何ですか?」

http://blog.lawfield.com/?p=142

という記事を書いた。

そうしたらちょうど4月9日、小保方氏の反論記者会見があった。

その記者会見の全文を載せているサイトがある。

http://logmi.jp/10299

上記の小保方会見の全文をみて、改めて、自分の見解に確信を深めている。

まず、私が4月8日の記事で書いた、科学研究の世界では、研究不正でない(honest error)であることの挙証責任は研究者側に負わされているという点。 これは、文部科学省のガイドラインにはっきり明記されていることが、記者の質問からわかった。

文部科学省 研究活動の不正行為に関する特別委員会(平成18年8月8日)

研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて 研究活動の不正行為に関する特別委員会報告書 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu12/houkoku/attach/1334654.htm http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu12/houkoku/attach/1334658.htm 4 告発等に係る事案の調査   2 告発等に対する調査体制・方法     3 認定 (2)不正行為の疑惑への説明責任

調査委員会の調査において、被告発者が告発に係る疑惑を晴らそうとする場合には、自己の責任において、当該研究が科学的に適正な方法と手続に則って行われたこと、論文等もそれに基づいて適切な表現で書かれたものであることを、科学的根拠を示して説明しなければならない。そのために再実験等を必要とするときには、その機会が保障される(4 2(2)3 イ)。 1の被告発者の説明において、被告発者が生データや実験・観察ノート、実験試料・試薬等の不存在など、本来存在するべき基本的な要素の不足により証拠を示せない場合は不正行為とみなされる。ただし、被告発者が善良な管理者の注意義務を履行していたにもかかわらず、その責によらない理由(例えば災害など)により、上記の基本的な要素を十分に示すことができなくなった場合等正当な理由があると認められる場合はこの限りではない。また、生データや実験・観察ノート、実験試料・試薬などの不存在が、各研究分野の特性に応じた合理的な保存期間や被告発者が所属する、または告発等に係る研究を行っていたときに所属していた研究機関が定める保存期間を超えることによるものである場合についても同様とする。 上記1の説明責任の程度及び2の本来存在するべき基本的要素については、研究分野の特性に応じ、調査委員会の判断にゆだねられる。

(3)不正行為か否かの認定  調査委員会は、上記(2)1により被告発者が行う説明を受けるとともに、調査によって得られた、物的・科学的証拠、証言、被告発者の自認等の諸証拠を総合的に判断して、不正行為か否かの認定を行う。証拠の証明力は、調査委員会の判断に委ねられるが、被告発者の研究体制、データチェックのなされ方など様々な点から故意性を判断することが重要である。なお、被告発者の自認を唯一の証拠として不正行為と認定することはできない。 被告発者が自己の説明によって、不正行為であるとの疑いを覆すことができないときは、不正行為と認定される。また、被告発者が生データや実験・観察ノート、実験試料・試薬の不存在など、本来存在するべき基本的な要素の不足により、不正行為であるとの疑いを覆すに足る証拠を示せないとき(上記(2)2)も同様とする。

記者会見では、日経BPの記者が、きちんとこのアカデミーの常識について、小保方氏に質問しているのである。

小保方氏の答えと代理人弁護士の答弁は、いかにも混迷している。

記者:日経BPの○○と申します。アカデミーにおける不正の認定というのは、一般常識とか司法の基準とは異なってまして、たとえば文部科学省のガイドラインだと不正行為での認定は疑いをかけられた者が疑いを覆すことができなければ、不正行為と認定される。また、その十分な資料やデータが無ければ証拠を示せないときは、同様とすると。つまり、立証責任は小保方さん側にあって、しかもアカデミーの常識に照らして不正じゃないと証明しなければいけない、ということです。そういう観点に立ってみれば、ここに書いてある証拠・データというのは、十分にアカデミーの研究者を納得されるものと考えているんですか?

 もうひとつ、これ以上強い証拠というのはもうないんですか?

室谷:私の方からお答えしたいと思いますが、文科省の基準については、一旦ねつ造である、あるいは改ざんである、というようなことが認定された場合には、故意によるものでないことを自ら立証しないといけない、とそのように書かれてあるかと思います。それはその基準でありまして、理研の不正の認定の基準は先ほど申し上げた内容になっているということで、文科省の基準もあるわけですけど、それが今回も適用されるというわけではない、ということをまずひとつ……。

記者:文科省の所見だと不正だと認定したわけですね……。

司会:回答しておりますので聞いていただけますか。

室谷:その点ですけれども、もう1つの点は何でしたか。

記者:これより強い証拠はないのか。これでアカデミーは納得するのかどうかという点です。

室谷:証拠に関しましては、この不服申立の準備を始めたのは当然3月31日以降でございます。それまでに何か準備をしていたのかというと何も準備ておりません。1週間、わずか1週間で準備をしたわけですけども、その間もですね、小保方さんと直接弁護団との間で面談をする機会も非常に少なく、というのも小保方さん家からでれなかったので、事務所に来て打ち合わせすることもできなかった。だからパソコンの中を見ながら、実際に証拠をこれはああだとかこうだ、とか言って検討することもできない。さらに実験ノートもですね、理化学研究所の中にはあるわけですけれども、それを見ながらやるっていうことも現時点ではできていない。 そんな中で、電話とメールで、ここまで話を伺ってまとめたというのが現在の時点ですので、これよりも強い証拠があるかと言われれば、今から調べていって、それは強い証拠をより硬い内容のものを提出はしていきたい、というように思っておりますし、また、再調査になれば、我々だけがそれを一方的に出さないといけないというものではなくて、再調査の中で調査委員会の方も、やはり調査していただくべきだと思っております。そこは共同関係になっておると思っておりまして、先ほどの立証責任ということがございましたけれども、必ずしも敵対しているわけではない、というふうに考えております。

記者:アカデミーの常識に照らして……。

司会:次の質問に移りたいと……。

記者:質問じゃなくて、まだ答えてもらっていないですよ。アカデミーの常識に照らしてどうか、という点を小保方さん自身にお伺いしたい。

小保方:証拠が用意できるかどうか、という点に関してでしょうか。

記者:この証拠がですね、アカデミーの人間にとって十分に納得いくものであるかどうかという点について、見解をお伺いしたい。

小保方:室谷先生との相談で、今回は調査が十分であるということを示すための不服申立書になっていると思います。これから実験的な証拠に関しましては、私としては用意できると考えておりますが、それには第三者が見て納得する形でないといけないと思いますので、それに向け準備を進めていければと思っております。

記者:ありがとうございます。

小保方氏は、文部科学省のガイドラインに関しての質問に、どうやら、第三者(これは裁判所ではなく科学者仲間の意味だろう、と思いたい)が見て納得する形でないといけないこと自体は、認識しているようである。

しかし記者会見においても、生データを示してのプレゼンテーションは容易にできたはずであるが、やっていない。

理研にも、不服申立と同時に、手許にあるけれど出していないというデータ全てを生データのまま提出できたはずであるが、それもやらなかった。記者会見より先にまずそれをやるべきであっただろう。

これは科学者の記者会見なんだろうか?と、首をかしげた人が多かったのも理解できる。

次に、代理人弁護士は、文部科学省のガイドライン自体は存在を知っている。しかし、理研の規程の解釈にはそれは適用されないというのである・・・・?

この代理人弁護士の論理は、ここでもはや完全に混迷している。文部科学省のガイドラインが、文部科学省所管の独立行政法人や学校法人の規程を覊束するのは、常識である。ガイドライン違反の規程を独立行政法人や学校法人が制定できるわけがないし、わざわざガイドラインに抵触した規程を作るわけがない。裁判所でもそう認定するだろう。すなわち、代理人弁護士の論理が、理研の不正研究の規程の解釈として成り立たない無理な強弁であることは、争いの先までいっても、ほとんど結果が見えている。

小保方氏と代理人弁護士の論理の齟齬、ここで馬脚が知れた、という批判を受けても、やむを得ないように思われる。

代理人弁護士が、文部科学省のガイドラインを知っていたとして、小保方氏に「文部科学省のガイドラインは理研の不正研究規程には適用されないから、小保方さん、これ以上あなたからhonest error を立証していく責任はないですよ」とアドバイスしていたのだとしたら、これは、mistake、misleadの可能性がある。

調査委員会の調査結果は、あくまで科学研究が研究不正かどうかの評価結果である。

小保方氏に対する懲戒処分を決定したものではない。

既に述べたように、研究不正調査において、事実認定プロセスと立証責任の分配は、当該研究を発表した研究者によって厳密なデータによる科学的証明がなされているといえるか、という観点から定められているものであって、裁判所が要件事実を解釈して立証責任を分配するものではないし、その余地はない。

文部科学省のガイドラインは、明文で、立証責任(厳密なデータによる科学的証明)を嫌疑をかけられた研究者側に負わせているのであるから、これに反した立証責任の分配を裁判所が採ることもないであろう。

上記の日経BPの記者の質問中の、

アカデミーにおける不正の認定というのは、一般常識とか司法の基準とは異なってまして、たとえば文部科学省のガイドラインだと不正行為での認定は疑いをかけられた者が疑いを覆すことができなければ、不正行為と認定される。また、その十分な資料やデータが無ければ証拠を示せないときは、同様とすると。つまり、立証責任は小保方さん側にあって、しかもアカデミーの常識に照らして不正じゃないと証明しなければいけない、ということです。

という指摘は、実に鋭くて、100%正しい。この科学界の立証責任の分配システムに対して小保方氏は否定できなかった。一方で代理人弁護士は法律家の論理で科学界の立証責任の分配システムを否定しようとしている。まさに混迷といわざるをえないだろう。

次に「悪意」の定義についてである。ここも代理人弁護士の答弁はかなり稚拙だったと言わざるを得ないように感じた。

記者:読売テレビの○◯と申します。悪意という言葉が何度も不服申立書にも出てくるんですが、悪意というのは故意というふうにも置き換えられる、というような発言もありました。小保方さんにとって悪意という言葉はどういう意味と解釈されていますか?

小保方:私もわからなかったので(弁護士の)室谷先生にも相談しました。

室谷:悪意を持って、というよりはですね、「悪意でない間違いを除く」という、そういう条項になっておりまして。悪意でない間違いですから、過失によるものは除く、という主旨であると捉えております。 記者:小保方さんご本人としては、悪意という言葉をどういう気持ちとして思っていらっしゃる? 小保方:悪意……。 司会:申し訳ないですけれども、そのへんは法律的な解釈に絡んでくるので、その辺のお答えは控えさせて頂きたいと思います。

この不服申立において決定的なポイントとなる、悪意の定義とその解釈について、記者会見という公衆の面前でこの程度の論理展開しかできなかったというのは、法律家の答弁としてはかなり覚束無いものであるように思える。 上記の代理人弁護士の答弁で悪意の意義について述べたのは、わずか、

悪意でない間違いですから、過失によるものは除く、という主旨であると捉えております

という部分だけである。 代理人弁護士の答弁によれば、「悪意」は「過失でない」=「故意」の意味である。すなわち民法上使われている「悪意」=「知ってやった」と同義であろう。

この定義によれば、データの加工自体については認識も故意もあるのであるから、小保方氏はアウトである。もしかすると、代理人弁護士は、「パワーポイントによるプレゼンテーションの資料だったから加工してよいのだ。それを故意無く過失でネイチャーにコピペで掲載したから悪意がない」、と構成したいのかもしれない。

しかし、小保方氏は、発表論文に掲載するデータを、元データから引っ張ってこずパワポの資料をコピペした、と認めてしまった時点で、その行為に対する認識はあると認めたわけだから、文部科学省のガイドラインがいう「研究体制、データチェックのなされ方」が「科学的根拠」の無いものであったことを認めてしまっていることになる。これでは、文部科学省のガイドラインに基づく研究不正でないことの反証はまったくできませんと認めているにほかならない。 しかし、研究不正ではないのだと強弁する。

これは、開き直りとしても、もはや、科学者が行う記者会見としては、失笑を誘うものでしかない。

小保方氏は、科学界の側の証明の論理に依拠して立つことを拒否すると、堂々と宣言してしまったからである。

ここでは、科学論文に求められるルールを無視していることがmisですと評価されていることでありそれにはルールとして反論の余地はないということの自覚すらないからである。

研究不正はmisconductといわれるように、研究詐欺 fraudとは異なる。misが不正と訳されているものである。misには誤りの意味も含む。misであることを認めても、詐欺を認めたわけではない。誤りを認めただけのことである。

他の十数人の共著者はほとんど全員、misを認めて論文を撤回した(なお残りの共著者はhonest errorと認定されている)。論文のmisを認めないのは、小保方氏(と時期尚早として沈黙を守るあと一人)だけである。

もしかすると、小保方氏は、misを認めるのは「私が悪い」「悪気があってやった」「STAPは研究詐欺である」ことを認めることになると思っているのかもしれない。STAPを守るためにmisを認めてはいけないと思っているのかもしれない。これまた、稚拙な勘違い、思い込みといえるだろう。

理研は論文のmisを認めて撤回するよう勧告しつつ、1年かけて追試をすると言っているのである。

不服申立や裁判に持ち込んだとしても、小保方氏の科学者生命、研究者生命は終わりだ、と言われるのは、やむを得ないものがあると感じる。いったい、このような研究者と、今後、だれが、共同研究をしましょう、と申し出るだろう?恐ろしくて組めないのは明らかである。小保方氏の将来を危惧して、論文の撤回を進めた周囲の人たちの親心、子知らずというやつである。

こんな記者会見をして、論文撤回をとことん拒否して、不服申立をして、小保方氏の将来の研究者生命にとってなにかプラスはあったのだろうか。

業界に対する理解なしに、目先の規程の解釈だけを近視眼的に論じることによる、法律家の論理の一人歩きの恐ろしさを感じる。

弁護士にその理解が欠落している場面をみたとしても、私は驚かない。法曹界に身を置いていて、そう感じる。

とはいえ、さて、最後にあらためて、労働問題として考えてみる。

これで小保方氏について、期限付公務員としての任用契約期間中に懲戒解雇処分に付することはまずできないだろう。

そんなことをすれば理研の敗訴は目に見えている。

つまり、2014年4月1日から2015年3月31日までの一年間は、期限付任用を更新せざるを得ないと言うことである。

しかし、それは理研も望むところのはずである。

そもそも小保方氏が欠勤している間は、欠勤なのだからそれだけで無給である。

理研のすべきことは、まず、この数ヵ月で、この不服申立手続を却下して、決着を付けることである。

理研は、次こそ、さらに万全の論理で不服申立手続に対する却下決定の論理を固めてくると思う。

では小保方氏が職場復帰を理研に希望して要求したらどうなるか。

理研は、小保方氏には給与を払っているのであるから、出頭を命じて、再現実験のためにレシピの提出を命じる。毎日でもヒアリングをする。ミーティングで発表させる。

そのなかで小保方氏のさらなる不適切行為の存在が明るみになる可能性が高い。

1年後の3月31日限りで、任用契約は終了する。

これが結論であろう。あれはなんのための記者会見であったのか、と、後に語られるのではないだろうか。

STAP細胞の製作が仮に再現されたとする。それはそれで、理研は損をしないことになる。

STAP細胞の製作過程で「(それが厳密な意味での幹細胞でないことが判明したとしても)何かが生まれた」という可能性自体は残されている。

その可能性を捨ててしまうにはあまりに惜しいと、理研も考えているから、追試をやろうとしているのである。

理研は単なるメンツと不正調査のために追試をやろうとしているのではないと思われるのである。これも理研のSTAP細胞と小保方氏に対する親心だったのではないだろうか。

小保方氏は、理研のスタッフとの今後の前向きな関係構築の機会を自ら破壊してしまったのかもしれない。

西村幸三

lawfield.com

京都・烏丸三条にある法律事務所を運営。ニュース・法改正・裁判例などから法務トピックを取り上げていきます。