盛土と工作物責任

静岡県熱海市で、令和3年7月3日、土砂災害の警戒区域に指定されていた地域で、山の中腹に盛土工事が施工された土地から土砂崩れで土砂が流出し、土石流が発生し、甚大な被害を出した。

 

盛土(盛り土。もりど。もりつち)造成地は工作物責任(民法717条)の対象になるだろうか。

 

結論からいえば、工作物責任の対象である(なりうる、というのが厳密な表現であるが)。

 

工作物については、「土地に接着して人工的作業をなしたるによりて成立せる物」(大審院昭和3年6月7日判決)をいい、土地の形状を人工的に変化させた場合、つまり、土地の造成や樹木の伐採等の加工がされた場合も工作物となって、工作物責任の対象となる。

ゴルフコース、スキー場のゲレンデ、埋設物を除去して埋め戻した地盤、防空壕などについて裁判例がある。

 

盛土については、浦和地裁昭和58年6月22日判決に、判示が詳しい。

 

同判決では、軟弱地盤での盛土工事によって隣地に圧密沈下がおこり、隣地上の建物等が傾斜したことについて損害賠償請求がされたという件で、土地工作物責任が肯定された。ただし過去の経緯や隣地もどちらも軟弱地盤だからとして信義則により賠償額は半額に減額されている。

 

そこでは、

「被告らは、盛土は自然の土砂以外の付加的設備を伴つたものではないから被告土地そのものであつて民法七一七条にいう土地の工作物に該らないと主張するが、本件の如く、軟弱地盤の土地に人為的になされた盛土は、地盤と一体となつて土層を形成するものではあるがその荷重によつて地盤に圧密沈下を生じさせ周辺の土地に影響を与えるのであるから、右盛土が自然の土砂であると否とを問わず、少くともこれによる圧密沈下が終了してその地盤が固定するに至るまでは土地の工作物と認めるのが相当」

とする。

 

土の圧密現象とは、自然にある土は通常間隙を有しているところ、その間隙中に水、空気を含んでいるので、土が荷重を受けると間隙中の水、空気が追い出されて土の体積が減少し、密度が増大する現象をいう。

 

盛土を大量に積み上げれば、特に近辺が軟弱地盤の土地においては、盛土の重さにより周囲の土地の地盤も圧を受け、沈下が発生することがある。

 

特に隣地との間に段差があれば、構造計算をした壅壁で土砂や建築物の荷重を分散することが有効になる。

 

その他の裁判例を紹介する。

 

・山留(山留壁施工)工事による隣地の不同沈下について、東京地裁令和元年12月6日判決が工作物責任を肯定している。

 

・道路の改良工事による盛土付近で不同沈下、水道管破損、土間のひび割れ等について、京都地裁平成24年2月7日判決が、当初矢板による土留めをせずに隣地基礎付近まで掘削。原告ももともと軟弱地盤に沈下防止措置なく建築していたため、過失相殺3割を認めつつ、工作物責任を肯定している。

 

・浦和地裁平成7年3月10日判決は、約一メートルの段差の盛土をした件で、掘削機の振動、衝撃及び水のくみ上げで沈下加速したとして工作物責任を肯定している、原告ももともと軟弱地盤に沈下防止措置なく建築していたため、過失相殺3割。

 

などがある。

 

今回の熱海の土石流について、中腹の盛土工事と因果関係があるかは、即断できることではない。

 

責任を追及される土地所有者や工事業者からは、自然災害で不可抗力である、安全上必要な工法を採用していた、という反論がされることも予想される。

 

また、上記の浦和地裁昭和58年判決の趣旨から、造成から年数が経過して圧密沈下が終了してその地盤が固定しているとして、もはや土地工作物ではなく土地そのものである、という主張がされることも予想される。

 

一方で、現場は土砂災害の警戒区域だった、もともと火山灰が積もった土地だった、という報道もある。

 

そして、盛土の過重による圧密現象で隣地にまで不同沈下が生じうることは、土木工学的にも顕著な知見で、裁判例において以前から認められてきていることは、指摘しておくべき点である。

 

軟弱地盤の傾斜地の造成地は、古いものも含めて実は枚挙に暇がないので、実は多くの者にとって決して他人事ではないニュースであろう。

 

追記:

本日令和3年7月7日のニュースで、静岡県副知事が、業者が排水溝を施工していなかったこと等について、施工方法が不適切と思う旨コメントしたそうである。

 

これに似た指摘がされた裁判例として、東京地裁平成29年12月26日判決は、水抜き穴のない古い壅壁をそのままに、壅壁付近の地表面にコンクリート打設もしていない、という点を指摘して、建築士に対する責任を肯定している。

 

長くなるが、関係する判旨部分を引用しておく。

 

「本件擁壁は,コンクリート擁壁の上にコンクリートブロックが3段積み増しされたものであり,かつ,水抜穴のないものであったところ,このことからは,本件擁壁が造成から一定程度長期間経過したものであると考えられる。さらに,証拠(甲29ないし33,35ないし40)によれば,擁壁の積み増しは既存の擁壁に想定以上の荷重を与えることでその構造耐力に影響を与えるものであること,擁壁に水抜穴がないと豪雨の場合などに想定以上の水の荷重が加わることが認められるのであって,目視により認識できた本件擁壁のこのような客観的施工状況と,上記のとおり資料調査によって本件擁壁の仕様や施工方法が分からなかったことを併せ考慮すると,資料調査及び目視による外観調査によって,本件擁壁が構造耐力上支障のないものであることの確認ができたとはいい難い。」

 

「擁壁に関する資料が存在しないことから直ちに目視による確認を行えば調査として足りるとするものではない。また,水抜穴については,法88条1項,20条1項,法施行令138条及び142条1項において擁壁を新設する場合にとるべき構造方法としてもその適切な設置が要求されているものであり,上記各証拠においても,その有無のみならず設置位置や設置状況を確認することが調査項目として挙げられているのであって,水抜穴の有無が調査事項として重視されていなかったと解することはできない。
以上より,被告Y1が行った資料調査及び目視による外観調査によって直ちに本件擁壁が構造耐力上支障のないものであると確認できたとはいい難い。」

 

「法19条4項は,がけ崩れによる建築物の被害を防止するためのものであるところ,既設の擁壁がある場合のがけ崩れの危険の程度は,当然,がけを支えている擁壁それ自体の状態との関係で決せられるものである。また,本件擁壁自体の崩壊によって,本件建物の基本的安全性が損なわれるというべきであることは,上記(2)のとおりである。そうすると,同項による制限を具体化した東京都建築安全条例6条2項2号のいう「既設の擁壁に構造耐力上支障がない」場合に当たるとするためには,建築物の荷重が既設の擁壁に構造耐力上不利な影響を及ぼさないというだけでは足りず,既設の擁壁それ自体が構造耐力上支障のないものであることを要するものと解される。したがって,擁壁それ自体の状態を考慮せずに,地盤の固さや地下水位の水量のいかんによって直ちに既設の擁壁に構造耐力上支障がないということは相当でない。また,鋼管杭の設計は,本件擁壁自体の耐力を補強するものではなく,これによって本件擁壁及び地盤の安全性を含めた本件建物の基本的安全性が具備されるとはいえない。」

 

「そして,ボーリング調査の結果本件土地の支持地盤が強固なものであり地下水位の水量に問題がなかったとしても,被告Y1が資料調査及び目視による外観調査の結果確認した上記(3)のとおりの本件擁壁の客観的施工状況からすれば,水抜穴がなく古いものであった本件擁壁には豪雨の際などに想定以上の荷重が与えられる可能性が高かったといえ,少なくとも雨水の浸透を防ぐために本件擁壁の上部の地表面付近にコンクリートを打設し又は排水設備等を設ける必要があったといえ,そのような対策をすることが可能であった。
(5)また,上記認定によれば,大田区の担当者は,本件擁壁が安全なものであるかの判断のために本件擁壁の安全性と本件建物の基礎及び鋼管杭との関係を示した書面を求めているところ,これに対して,被告Y1は,本件擁壁の形状及び寸法について確認していなかったにもかかわらず,改めてその計測などをすることなく本件確認書面を作成している。証拠(甲32,乙B6)によれば,擁壁の形状や寸法は,土圧や擁壁の自重に対する耐力を左右するものであり,大田区が本件確認書面の提出を求めた目的が上記のとおりであり,被告Y1もそれを認識することができたことからすれば,被告Y1は,本件確認書面に本件擁壁の形状及び寸法を記載するに当たって,最低限,本件擁壁の形状や寸法を調査すべき義務を負っていたというべきである。そして,本件擁壁の実際の形状及び寸法は,擁壁の上体部分が細く,底盤部は本件土地側には伸びておらず,西側隣地側に伸びた部分も30センチメートルと短いものであったのであり,証拠(甲32,乙B6)によれば,このような形状の本件擁壁が土圧や自重に対する耐力が十分であったとはいい難く,被告Y1は,上記のような調査を行い,実際の形状及び寸法が分かれば,そのことを認識できたというべきである。」

 

「スウェーデン式サウンディング試験などの地盤調査を狭間隔の多数地点で行うことにより擁壁の底盤部の幅員を推定することができるとされている。しかし,被告Y1は擁壁の底盤幅の推定をするために地盤調査(ボーリング調査)等を行ったわけではなく,西側隣地における調査も行っていないと供述しており,本件確認書面において寸法等を記載するに当たり推定の根拠となる十分な調査を行っていたと評価することはできない。
以上によれば,被告Y1は,本件擁壁の構造耐力上の支障の有無を調査するに当たり,設計者として最低限要求される技術水準による調査をせず,本件擁壁の構造耐力上の支障を排除するための十分な対策も行っていないため,本件建物が基本的安全性を欠くことがないよう配慮すべき注意義務を怠ったというべきである。
その結果,本件建物のすぐ傍に設置され,高さ約3メートルの崖地である本件土地を支えている本件擁壁が構造耐力上支障を欠く状態で本件建物が建築されたのであって,そのように建築された本件建物には,基本的な安全性を損なう瑕疵があったといえる。」

 

「そして,本件擁壁は,平成11年時点でその客観的施工状況等からして水圧及び土圧に対する耐力が十分なものでなかったため,平成25年10月までに本件擁壁に加えられた水圧及び土圧の影響により崩壊したものと認められ,崩壊の原因が平成11年以降の本件擁壁の老朽化や直前の降雨のみにあるとはいい難い。したがって,原告らは,上記瑕疵によってその所有する財産である本件擁壁及び本件土地が侵害されたといえ,被告Y1にはその予見可能性があったといえる。」

西村幸三

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