インボイスは増税かそれとも脱税防止か

令和5年10月1日から「インボイス制度」が開始されますが、令和5年3月31日までに、納税地を所轄する税務署長に登録申請書を提出する必要があります。

 

国税庁 お問合せの多いご質問(令和4年11月25日掲載)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/pdf/0521-1334-faq.pdf

 

あっという間に、もう3ヶ月しか猶予がありませんね。

私は、あたりまえのように、登録申請はさっさと提出してしまいました。

 

しかし、「うちは申請しない」「国はインボイス制度は問題だらけだから導入できず延期される。そう観測しているスジもある」という強気な方もおられます。

 

しかし、岸田政権のこれまでの財務省準拠の政策遂行を見ている限り、淡々と、インボイス制度を発足させるでしょう。

 

一度延期なんてしてしまったら、世間の耳目を集めてしまい、かえってブレブレ扱いされて、炎上して、収拾がつかなくなるように思うからです。

 

インボイス制度の導入の一番最初の名目は、「食品や新聞などの軽減税率を導入するから、その計算を正確で公平にするため」というものでした。

 

新聞も、部数減で瀕死の中、軽減税率の恩恵を受けているので、エラそうなこともいえません。

 

しかし、軽減税率導入後も簡易課税制度は相変わらずあるので、インボイス制度が制度として絶対に必須というわけではありません。

 

簡易課税制度での益税というのはそのまま放置されていますし、それ以上に、売上額1000万円以下の事業者の益税が10%~8%存在するわけですので、簡易課税制度による益税というのは目くじらを立てるほどではないように思われます。

 

今回導入されるインボイス制度の真の目的は、やはり、零細事業者の売上を把握できるようにする、所得税や消費税の捕捉漏れ(脱税)の防止にあると思います。

 

売上1000万円以下の事業者というのは、ピンとこない方もいるかもしれませんが、多種多彩です。

 

まず一人親方。建設、土木業に多いです。外注下請職人、手間請け職人、専属外注職人、ということもあるかと思います。

 

フリーランス(IT技術者、ライター、デザイナー、Webデザイナー、工芸作家、コンサル、各種業界において口利きで営業手数料をもらうブローカーなど)も似たような立場です。

 

ホステスも、多くが外注扱いで、従業員ではありません。

 

1000万円以下の所得から、必要経費を落とし、国民健康保険料・国民年金保険料などを支払って所得税申告するのですが、従業員ではないため、支払う会社から給与として源泉徴収がされません(ちなみに給与には消費税はかかりません)。

 

だから、外注職人やフリーランスには、全く所得税からして申告していないような人もいますし、帳簿もないとか帳簿に基づかず適当な数字で申告している人もいます。

 

売上1000万円以下だったら消費税は免税事業者なので申告も納税も不要ですが、それ以前に所得税も過少申告しているなら、さらに住民税も国民健康保険料も実際より安くなりますが、結局故意でやっている以上、脱税と同じです。

 

でも、インボイス制度が導入されれば、元請けからしたら、外注先に支払う消費税を仕入控除して消費税支払額を出したければ、下請職人にインボイス登録(適格請求書発行事業者登録)をしてもらうしかありません。

 

なにしろ、税率は10%、今後はそれ以上ともなりますので。

 

会社の最終利益が売上の数パーセントという元請会社にとっては、下請の売上の10%が仕入控除できるかできないかは、赤字転落になりかねない、死活問題です。

 

もちろん、元請けが簡易課税制度をとっていれば元請けはインボイス適格請求書をもらおうがもらうまいが影響はありません。

 

また、インボイス制度実施後3年間は消費税相当額の8割、その後の3年間は5割を仕入税額控除が可能とされていますから、影響は、3年後、6年後と、本当の影響はまだ先だともいえます。

 

また、消費税の仕入控除ができなくても、経費として控除はできるので、元請けの法人税や所得税はその分安くなるので、なにも、元請けは、10%まるごと損をするというわけではありません。

 

しかしながら、いずれ、取引先からの要求で、やむをえず、下請職人がインボイス登録すれば、インボイス番号により、税務署は、簡単に、反面調査で、下請職人の売上把握が可能になります。

 

下請職人の売上過少申告は簡単に捕捉されます。そうすると何が起きるでしょうか。

 

元請け(発注元)に反面調査に入られれば、インボイス番号から、売上げ額は即座に判明します。

 

さて、所得税の追徴がまず来ます。過少申告加算税に延滞税。

 

もし売上1000万円超なら消費税の追徴が来ます。無申告なら無申告加算税もつきます。

 

次に、住民税(課税所得の10%)が追徴されます。

 

職種によっては事業税(課税所得の3~5%)が追徴されます。

 

国民健康保険料が上がります。

 

つまり、これまでまともに申告をしていなかった外注職人やフリーランスにとっては、元請けからインボイスを要求されれば、免税事業者は諦めて、課税事業者になって、全部正確に申告をして、消費税を申告納付しなければなりません。

 

といっても、仕入控除や簡易課税制度を使うなどすれば、別に、10%全額を支払う必要はないわけで、手取りが10%まるごと減るわけではありません。

 

しかし、これまで、売上も過少に申告してきたような免税事業者には、所得税・(消費税)・(事業税)・住民税、国民健康保険料と、四重五重の負担増になりますから、手取りはかなり減ることになります。

 

もちろん、これまでが、「脱税」していたわけですから、言い訳ができるわけもありません。

 

そもそも1000万円以下の売上の場合であっても、10%まるごと益税として本来は国に払うべき税金を自分の懐に入れてきたわけですから、それを吐き出すからと言っても文句が言えるわけではありません。

 

では、下請職人が元請けに、「インボイス登録はしません」と言ったらどうなるでしょう。

 

この点、独占禁止法の「優越的地位の濫用」という規制があることから、インボイス登録しないなら価格を下げるといった一方的通告はできない、という議論も、インターネットの税理士などの情報では議論されています。

 

が、「元請は値下げ要求できない」というのはかなり不正確な議論だなと感じています。

 

実は、下請が、独占禁止法を盾に、インボイス登録はしない、単価の値下げには応じない、単価の値下げ要求は独占禁止法違反だ、などと元請けに開き直ることが、そうそう通用するわけではません。

 

そもそも、元請けは3年間は仕入控除の経過措置があるので、元請けがすぐに消費税分まるごとの減額を言ってくるわけではないと思われます。

 

財務省、公正取引委員会、経済産業省、中小企業庁、国土交通省が連名で出しているQ&Aがあります。

 

免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A
https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/invoice_qanda.html

1 取引対価の引下げ
仕入税額控除が制限される分(注3)について、免税事業者の仕入れや諸経費の支払いに係る消費税の負担をも考慮した上で、双方納得の上で取引価格を設定すれば、結果的に取引価格が引き下げられたとしても、独占禁止法上問題となるものではありません。

 

5 取引の停止
 事業者がどの事業者と取引するかは基本的に自由ですが、例えば、取引上の地位が相手方に優越している事業者(買手)が、インボイス制度の実施を契機として、免税事業者である仕入先に対して、一方的に、免税事業者が負担していた消費税額も払えないような価格など著しく低い取引価格を設定し、不当に不利益を与えることとなる場合であって、これに応じない相手方との取引を停止した場合には、独占禁止法上問題となるおそれがあります。

 

とあります。つまり、「適格請求書を発行できないなら10%下げろ」は不当ですが、2%とか6%なら不当ではない、となってくるわけです。

 

また、取引を選別して「当社の下請は適格請求書発行できる業者のみ」というルールを採ること自体は、OKなのです。

 

なお、実際には、下請のほうが立場が強い、ということもありえます。

 

建設業界の外注職人などは、人手不足で、元請けからしたら確保が大変なので、無理を言っても、それなら単価を上げるか他所に移ると言われれば、どうしようもありません。

 

ブローカーなどでも、それなら他所に仕事を持っていくと開き直ることができるかもしれません。

 

ホステス、ホストなども一人親方ですが、同じく、他店に移る、といえば、店側が折れるかもしれません。

 

じゃあそれで安泰かといえば、そうでもありません。

 

外注への支払いが、あまり仕入控除されていない会社であれば、税務署は、その会社を税務調査しても、その会社からはあまり消費税を追徴することはできませんが、インボイス制度が発足しているのに、外注先からの消費税の仕入控除が少ないということは、その会社の外注先は、まともに所得税を申告していない、過少申告しているところが多い、ということが、簡単に推定できます。

 

つまり、税務署は、元請けの帳簿を税務調査して、仕入控除されていない下請の売上を集計すれば、簡単に、下請の所得税の過少申告を捕捉することができることになります。

 

零細事業者の税務調査は税務署としても大変でしょうが、まともに帳簿も整っていけなければ、適当に過少申告されていた申告書の青色申告決算書の売上額を、税務署が捕捉した額に加算して、更正決定を打つか、修正申告を促せばよいわけです。

 

税務署からしたら面倒で、調査の手間からした追徴額=パフォーマンスは今ひとつであっても、確実に追徴ができます。

 

まあ、不真面目に過少申告していた事業者が痛い目を見るだけだとは言えるので、まじめな納税者にとっての話ではありません。

 

もちろん、まじめな申告納税者も、これまで売上1000万円以下で免税事業者でよかったのに、課税事業者に無理矢理させされることもあるかもしれません。

 

そういう場合は、何パーセントか単価が減ったとしても免税事業者でいたいからインボイス登録はしない、と元請けに明言するしかないと思います。

 

とはいえ、免税事業者は一切お断りという元請けなら、どうしようもありません。

 

そことの取引は終わりです。

 

元請けからは、インボイス登録をしていないなら、売上1000万円以下の免税事業者であることは丸わかりになりますが、請求書はそれ以降も10%を乗せて請求することになり、元請けは、経過措置なり簡易課税制度なりを使って、一定率を仕入控除することになります。

 

6年後からは仕入控除はできずに、但し経費(仕入原価)として所得税や法人税が割安になるので、いずれにせよ10%全額単価を下げろと言われるのは不当だから、もの申せばよい、と言うことになります。

 

ただ、業種によっては、いろんな派生的な問題が起きるでしょう。

 

例えば協同組合で、組合員との間で、仕入れたり販売したりといった売買取引が頻繁にあるような場合だと、この組合員から仕入処理をすると消費税が仕入控除できるのにこの組合員からでは仕入控除できないということになります。

 

これでは、組合員間の公平を欠くこと、甚だしいです。

 

不平が出て収拾がつかなくなるかもしれません。

 

そうなれば仕入れ価格を、適格請求書発行できない組合員は下げるしかなくなりますね。

 

まあ、こういったことを、意外なくらい、世間のニュースも、税理士も語ることがありません。

 

普段からあたりまえに消費税や所得税、法人税を申告納付してきた者からすれば、別に胸に手をあてて心配するようなことではありません。

 

私もその部類です。

 

でも多少気になるのは、仕事関係で何かを購入して領収書をもらうときに、インボイス番号がちゃんと入っているかで、何パーセントかトクするか損するか変わる、ということです。

 

インボイス番号が入っていなかったら、そこから買ったことをちょっとがっかりすることになります。

 

通販の価格比較なら、やっぱり、インボイスの有無は選別対象になるでしょうね。

 

一方、プライベートな、経費にもならないものを買うときには、レシートにインボイス番号が載っていようといまいとなんの関係もありません。

 

いろんな場面での想像力が、まだまだみなさん働いていないのかもしれませんし、脱税の捕捉まで絡んでしまうので、わかっていても率直にアナウンスしにくい話題、とも思います。

西村幸三

lawfield.com

京都・烏丸三条にある法律事務所を運営。ニュース・法改正・裁判例などから法務トピックを取り上げていきます。