就業規則を作る(1) 従業員が10人になる前に

顧問先の企業からも、それ以外の企業からも就業規則のチェック、修正の依頼をよく受けます。労働者との紛争(解雇無効や残業代請求)が生じてから慌てて駆け込んでこられることが多いですが、頭を抱えることも多い、それが経営者側で労働事件を受けるスタンスを採る弁護士の宿命です。

従業員が10名以上になると就業規則を作る義務が発生します。
経営者には「10名になるまでは作らない」という選択肢もあります。それはそれで賢明な場合もあります。10名になる見込みも当分ない会社に、無理に作ることを勧めるのは、社会保険労務士や弁護士の商売にはなっても、かえって会社には害をなすこともありうるからです。

しかし、事業が順調に行き、将来的に10名に届く可能性が出てきたという場合には、早めに作った方がよいです。従業員が増えるほど、従業員の在籍年数や世代、家族構成にばらつきが生じ、従業員それぞれの思惑がバラバラになっていきます。そうなってから就業規則を定めるのは、意外にあつれきを生むものです。

大昔に作られた就業規則を、まずいから見直してくれと言う依頼はよくあり、こういう仕事はやりがいもありますが、あつれきや不利益変更への抵抗が起きて、実に大変な仕事です。

なによりも、一から作るときに、よくよく考えて、作りましょう。後悔しないために。

さて、就業規則を作るときに、一から社会保険労務士や弁護士におまかせして作ってもらいますか?
結論をいえば、「労使紛争に精通した弁護士と、細かな労働法規に精通した社労士が、経営者としつこいくらい意見交換しながら作るのがよい」のです。

労働事件が裁判にまで発展しなくても、ひやっとするような人間関係トラブルを経験したとき、こういうときが、問題意識が高まっており、いい就業規則を作成するチャンスになります。

注意すべきは、弁護士で、労働紛争に精通した弁護士というのは意外に少ないものです。特に会社側の立場で精密なアドバイスをしてくれる弁護士というのは少ないものです。一方で、社会保険労務士に任せきりにしてしまって、いい就業規則ができるとは限りません。かなり昔に作られたという就業規則をみせていただいて、とんでもなく労働者側に有利になっているという就業規則を、よくみます。これは、社会保険労務士が、「一般的にはこんなものですよ」という感覚で、他社で使っている就業規則(それが労働者に非常に手厚い大企業の就業規則だったりします)をコピーしていたものだった、ということが多いようです。

経験の少ない社会保険労務士が「とにかく安く作ります」「すぐ作ります」と言ってもむやみに信用はしないことです。他社の就業規則の引き写しは、いい就業規則になりません。税理士事務所に所属する、経験の浅い社労士が、事務所にあるひな形を使ってサッとつくる、これも必ずしもよくありません。様々な類型の労働紛争というものを心底シビアに経験していないうちは、資格者であっても、就業規則を作る怖さはわかりません。

労使紛争に精通している弁護士にとっても、恐ろしく細かい法規の整合性をとって一から十まで就業規則を作る作業は、簡単なことではありません。
さらに、企業の先を見据えて行き届いた完成品ができる弁護士というのはごく少数だと思います。少なくとも、弁護士も、社労士でもそうですが、経営者の人となり、事業の実態、従業員構成などを相当に咀嚼して理解していないと、いいものはできません。
10年先、20年、30年先にも不都合の起きないように先を読んだ就業規則、後継者の息子や娘の代になって古参の従業員とのあつれきで後継者を困らせることのないように配慮した就業規則、それが、質の高い就業規則です。

長期経営戦略の立案のなかで、質の高さを求めるべき最たるもの、それが就業規則です。「社員を急に増やす必要があって10名になりそうだから」などとあわてて安物を作らないように、くれぐれも気をつけてください。

西村幸三

lawfield.com

京都・烏丸三条にある法律事務所を運営。ニュース・法改正・裁判例などから法務トピックを取り上げていきます。