相続放棄の落し穴(1)~最高裁令和元年8月9日判決

今回紹介する最高裁判例は、家庭裁判所への相続放棄申立(申述)のケースで、落し穴である。

事例を紹介する。

平成24年6月30日 被相続人A死亡。
同年9月 相続人の妻・2名の子 相続放棄申述受理。
平成25年6月 被相続人の兄弟・甥姪11名中9名(Bほか1名以外) 相続放棄申述受理。
平成24年10月19日  B死亡。Bは自己がAの相続人となったことを知らず,Aからの相続について相続放棄の申述をすることなく死亡した。Bの相続人は,妻と、子である被上告人ほか1名だった。
平成27年6月 みずほ銀行 上告人(サービサー)に対し,本件確定判決に係る債権を譲渡。
平成27年11月2日,サービサーが確定判決について被上告人に対して承継執行文の付与。
平成27年11月11日,債務名義と承継執行文の謄本等の送達を受け、B被相続人Aの相続人であり,被上告人がBからAの相続人としての地位を承継していた事実を知った。平成28年2月5日,Aからの相続について相続放棄の申述をし,同月12日,上記申述は受理された。

要は、亡くなった伯父の妻子が相続放棄をして、兄弟相続へと発展し、その兄弟の子が、伯父の受けた確定判決に基づいて、突然に、強制執行されかかったのである。

最高裁判所は、ここで、甥の相続放棄申述を認めて、強制執行できないという判決をくだした。

問題となったのは、相続放棄の申述期間(3か月)を過ぎてから相続放棄申述をしたのではないか、という点であった。

この最高裁判例は、Bの子(いわゆる再転相続人)につき、A(1次相続の被相続人)についての相続放棄の申述期間(熟慮期間)3ヶ月のスタート地点(起算点)について、民法912条の「自己のために相続の開始があったことを知ったとき」とは、Bの死を知ったときでは無く、Aの死の事実+Bの死の事実によって、Bの子がAの相続もしたことを知ったとき、であるとした。

Bの子は、「私はBの遺産は相続する」が、「Aの遺産は相続しないので放棄の申述をする」と言うことができる。

しかし、「Bの遺産は相続する」と決めていても、Aの遺産相続がBに発生していることは知らないのだから(Bも知らなかった)、Aの相続放棄の申述期間に相続放棄することは不可能である。

だから、最高裁判所は、Bの子にとってBからの相続が発生したことと、AからのBへの遺産相続がBに発生していることも知った時点で、はじめて、3ヶ月の熟慮期間が開始するとしたものである。

これは、相続人からすれば救われる話である。

以下がその理由部分の判旨である。

相続の承認又は放棄の制度は,相続人に対し,被相続人の権利義務の承継を強制するのではなく,被相続人から相続財産を承継するか否かについて選択する機会を与えるものである。熟慮期間は,相続人が相続について承認又は放棄のいずれかを選択するに当たり,被相続人から相続すべき相続財産につき,積極及び消極の財産の有無,その状況等を調査し,熟慮するための期間である。そして,相続人は,自己が被相続人の相続人となったことを知らなければ,当該被相続人からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することはできないのであるから,民法915条1項本文が熟慮期間の起算点として定める「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは,原則として,相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が相続人となった事実を知った時をいうものと解される(最高裁昭和57年(オ)第82号同59年4月27日第二小法廷判決・民集38巻6号698頁参照)。
 (2) 民法916条の趣旨は,乙が甲からの相続について承認又は放棄をしないで死亡したときには,乙から甲の相続人としての地位を承継した丙において,甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することになるという点に鑑みて,丙の認識に基づき,甲からの相続に係る丙の熟慮期間の起算点を定めることによって,丙に対し,甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障することにあるというべきである。
 再転相続人である丙は,自己のために乙からの相続が開始したことを知ったからといって,当然に乙が甲の相続人であったことを知り得るわけではない。
 また,丙は,乙からの相続により,甲からの相続について承認又は放棄を選択し得る乙の地位を承継してはいるものの,丙自身において,乙が甲の相続人であったことを知らなければ,甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することはできない。丙が,乙から甲の相続人としての地位を承継したことを知らないにもかかわらず,丙のために乙からの相続が開始したことを知ったことをもって,甲からの相続に係る熟慮期間が起算されるとすることは,丙に対し,甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障する民法916条の趣旨に反する。
 以上によれば,民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは,相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が,当該死亡した者からの相続により,当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を,自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきである。
 なお,甲からの相続に係る丙の熟慮期間の起算点について,乙において自己が甲の相続人であることを知っていたか否かにかかわらず民法916条が適用されることは,同条がその適用がある場面につき,「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したとき」とのみ規定していること及び同条の前記趣旨から明らかである。
 (3) 前記事実関係等によれば,被上告人は,平成27年11月11日の本件送達により,BからAの相続人としての地位を自己が承継した事実を知ったというのであるから,Aからの相続に係る被上告人の熟慮期間は,本件送達の時から起算される。そうすると,平成28年2月5日に申述がされた本件相続放棄は,熟慮期間内にされたものとして有効である。

さて、相続放棄は、家庭裁判所まで、書面で、相続を知って3か月以内に出さなければ、「単純承認」したことになってしまい、借金まで相続したことになってしまう。

遺産分割協議書にハンコをついて「私は一切遺産は相続しない」としてもダメである。

むしろ、単純承認をしたことになってしまう。

遺産分割協議書にハンコをつかず、家庭裁判所に直ちに駆け込んで、相続放棄申述書を提出するのが正解である。

これは、被相続人の借金を背負わないために、極めて重要なことなのであるが、意外なほどに知られていない。

相続放棄申述には、素人の方には、落し穴、注意点がいろいろあるのだが、素人の方がわかっておられないことがほんとうに多い。

相続放棄については、また回を改めて解説してみたいと思う。

西村幸三

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京都・烏丸三条にある法律事務所を運営。ニュース・法改正・裁判例などから法務トピックを取り上げていきます。