GPS追跡はストーカー行為にならない ~最高裁令和2年7月30日判決

最高裁令和2年7月30日判決は、夫が妻の自動車にGPSをひそかに取り付けて位置情報を取得した監視行為を、ストーカー行為にあたらない、つまり無罪、と判断した。

問題になっていたのは、配偶者の自動車にGPSを装着して監視する行為が、ストーカー規制法2条一号の、「住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所(以下「住居等」という。)の付近において見張りをし」に定めるところの、その「場所付近」で見張りをするというストーカー類型にあたるかというものであった。

ストーカー行為を定義した、ストーカー規制法2条全体の条文は以下である。

長くなるが、ストーカー行為の全類型を引用する(みなさん、気をつけましょう(笑))。

第二条 この法律において「つきまとい等」とは、特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、当該特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な関係を有する者に対し、次の各号のいずれかに掲げる行為をすることをいう。
一 つきまとい、待ち伏せし、進路に立ちふさがり、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所(以下「住居等」という。)の付近において見張りをし、住居等に押し掛け、又は住居等の付近をみだりにうろつくこと。
二 その行動を監視していると思わせるような事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと。
三 面会、交際その他の義務のないことを行うことを要求すること。
四 著しく粗野又は乱暴な言動をすること。
五 電話をかけて何も告げず、又は拒まれたにもかかわらず、連続して、電話をかけ、ファクシミリ装置を用いて送信し、若しくは電子メールの送信等をすること。
六 汚物、動物の死体その他の著しく不快又は嫌悪の情を催させるような物を送付し、又はその知り得る状態に置くこと。
七 その名誉を害する事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと。
八 その性的羞恥心を害する事項を告げ若しくはその知り得る状態に置き、その性的羞恥心を害する文書、図画、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下この号において同じ。)に係る記録媒体その他の物を送付し若しくはその知り得る状態に置き、又はその性的羞恥心を害する電磁的記録その他の記録を送信し若しくはその知り得る状態に置くこと。

2 前項第五号の「電子メールの送信等」とは、次の各号のいずれかに掲げる行為(電話をかけること及びファクシミリ装置を用いて送信することを除く。)をいう。
一 電子メールその他のその受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信(電気通信事業法(昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号に規定する電気通信をいう。次号において同じ。)の送信を行うこと。
二 前号に掲げるもののほか、特定の個人がその入力する情報を電気通信を利用して第三者に閲覧させることに付随して、その第三者が当該個人に対し情報を伝達することができる機能が提供されるものの当該機能を利用する行為をすること。
3 この法律において「ストーカー行為」とは、同一の者に対し、つきまとい等(第一項第一号から第四号まで及び第五号(電子メールの送信等に係る部分に限る。)に掲げる行為については、身体の安全、住居等の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法により行われる場合に限る。)を反復してすることをいう。

さて、このストーカー行為規制法は何度も改正され、つきまといにあたる行為類型は順次拡張されている。

処罰範囲が次第に拡張されていったのは、主にネット関係のつきまといなどで、ストーカー被害に遭う女性の保護のためである。

とはいえ、妻がGPSを取り付けて夫を電子的に監視・追跡することはしばしばある。

そう、「浮気調査」、の場面である。

ちなみに、判決では、裁判所はまず「浮気」とは書かない。

「不貞」「不貞行為」と書く。

裁判官が判決で、弁護士でも準備書面で、「浮気」などと書くのは、用法として、俗で格調が低いものと考えられているのが、法律家の感覚である

私も、司法修習中に、「浮気」は用語としてダメなんだよと、指導担当裁判官から教えられて、「ほーっ」と驚いた。

もう30年近くも前のことである。

閑話休題。

さて、この最高裁判決は、不貞調査においてGPSで追跡するのは、法2条一号の構成要件がいう、「付近において」という場所的限定を超えて、見張りをするものであるから、妻が賃貸していた駐車場を離れて移動する車の位置情報はその駐車場付近における妻の動静に関する情報とはいえないので、ストーカー規制法2条一号にあたらない、と判断したものである。

なるほど。条文の構成要件では、「住居等の付近において見張る」といい、一方でGPS追跡というのは、住所等の付近以外において見張るから意味があるのである。

また、監視対象者が家や会社の近くで借りている駐車場に停めている車から離れてしまった時点で、GPSで見張っているわけではない、とも言えそうである(このロジックにはちょっと疑問はあるが、ここではあまり突っ込まない)。

そうなると、2条一号の構成要件には該当しない。

よって無罪。

美しい論理である。

法律家は、基本的に、こういう無罪判決を、ロジカルで美しいと感じてしまう。

刑法(刑事特別法を含む)の構成要件を厳格に解釈し、むやみに拡張解釈しない。類推解釈しない。

刑法の基本原則は、類推解釈の禁止であり、構成要件の厳格な解釈である。

一方、民事法の世界では、類推解釈ありである。

民事ではどちらの当事者の利益を尊重するかの利益衡量で勝負が決まり、結論の妥当性を尊重する。

刑事法の世界は、必ずしもそうではない。

えらく悪いことをして被害者にとっては立派な被害を生み出しているいるような人間でも、刑法典の条文の構成要件を厳格に解釈した上で、ちょっとその行為類型から外れているとなれば、「無罪」であり、処罰はできない。

またそれが正しい、価値判断として美しいとなるのが刑事裁判の世界である。

なにしろ、この第一小法廷は、現在の刑法学の権威のひとりである東京大学教授、山口厚最高裁判所裁判官が裁判長である。

そういえば、私は、東大法学部において、山口厚助教授(当時)に教わった。

東大法学部の刑事法の世界を席巻していたラディカルな「結果無価値」学派のホープだった。

さて、この最高裁判決を見て、私が持った感想は、「これはすぐにストーカー規制法は改正されるのではないかな」というものである。

しかしながら、改正された影響は誰が受けることになるだろうか。

浮気調査を依頼するのは、確率的には女性のほうが多い。

すなわち、ストーカー規制法改正によって、GPS追跡が犯罪化され、「刑事上、違法で、処罰される」となれば、浮気調査の興信所に調査を依頼した妻(夫)は、犯罪者となる。

また浮気調査の興信所も「身分なき共犯」として、処罰されることになるであろう。

浮気調査にとっては、萎縮効果甚だしい。

だからこそこういった改正は、逆に、処罰範囲が広くなりすぎる、という批判を招くことになりかねない。

と、なれば、処罰範囲を限定的にするために、「浮気調査」目的のGPS追跡は、処罰されない、とストーカー規制法で除外事由を定めなければならないということになるだろうか。

そんな改正も違和感があって、難しいだろうな、というのが感想である。

さてさて、ストーカー規制法はGPS追跡を処罰すべく、改正されるのであろうか。

ちなみに、民事的には、無断でのGPS追跡は、プライバシー侵害で違法行為であり、慰謝料請求の対象となる。

GPS追跡結果を証拠で提出して、妻が勝訴することがあっても、GPS追跡したとなれば、いちいち反訴されれば、慰謝料が認められる余地は十分ある。

不貞が認められればその慰謝料のほうが大きいので、結論としては問題になっていないことが多いというだけであり、プライバシー侵害で違法は違法である。

つまり、同じ弁護士が、刑事事件の刑事弁護人としてはGPS追跡した被告人は無罪だと主張し、別の民事事件の代理人としてはGPS追跡は違法だから慰謝料を請求するというのは、いくらでもありうることである。

上記の最高裁判決を、以下で引用する。(平成30年(あ)第1528号。なお、隣番号で1529号という事件もあって、妻ではなく交際相手をGPS追跡した事例で、同じ日にされた同様の判決であるが、割愛する)

ストーカー規制法(ストーカー行為等の規制等に関する法律)2条1項1号の「見張り」に関する判断は,所論引用の福岡高等裁判所平成29年(う)第175号同年9月22日判決・高等裁判所刑事裁判速報集平成29年282頁と相反するとともに,判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり,これを破棄しなければ著しく正義に反するというのである。
原判決は,被告人が,別居中の当時の妻(以下,単に「妻」という。)が使用する自動車にGPS機器をひそかに取り付け,その後多数回にわたって同車の位置情報を探索して取得した行為は,ストーカー規制法2条1項1号の「通常所在する場所」の付近における「見張り」に該当しないとして,上記行為に同号を適用した第1審判決には法令適用の誤りがある旨の判断を示している。この判断は,同様の事案において,同号所定の「見張り」該当性を肯定した所論引用の判例と相反する判断をしたものというべきである。
しかしながら,ストーカー規制法2条1項1号は,好意の感情等を抱いている対象である特定の者又はその者と社会生活において密接な関係を有する者に対し,「住居,勤務先,学校その他その通常所在する場所(住居等)の付近において見張り」をする行為について規定しているところ,この規定内容及びその趣旨に照らすと,「住居等の付近において見張り」をする行為に該当するためには,機器等を用いる場合であっても,上記特定の者等の「住居等」の付近という一定の場所において同所における上記特定の者等の動静を観察する行為が行われることを要するものと解するのが相当である。そして,第1審判決の認定によれば,被告人は,妻が上記自動車を駐車するために賃借していた駐車場においてGPS機器を同車に取り付けたが,同車の位置情報の探索取得は同駐車場の付近において行われたものではないというのであり,また,同駐車場を離れて移動する同車の位置情報は同駐車場付近における妻の動静に関する情報とはいえず,被告人の行為は上記の要件を満たさないから,「住居等の付近において見張り」をする行為に該当しないとした原判決の結論は正当として是認することができる。
したがって,刑訴法410条2項により,所論引用の判例を変更し,原判決を維持するのを相当と認めるから,所論の判例違反は,結局,原判決破棄の理由にならない。
よって,同法408条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山口 厚 裁判官 池上政幸 裁判官 小池 裕 裁判官 木澤克之 裁判官 深山卓也)

西村幸三

lawfield.com

京都・烏丸三条にある法律事務所を運営。ニュース・法改正・裁判例などから法務トピックを取り上げていきます。