売買・賃貸の心理的瑕疵(自然死の場合)

不動産を売買、賃貸をする際に、その不動産において殺人・自殺・事故死などがあった場合に、売買契約や賃貸借契約において告知されなかった場合に、売主、貸主、さらには不動産仲介業者が瑕疵担保責任(現民法でいう契約不適合責任)に基づいて損害賠償責任を負うかが問題になることがある。

 

これについては、不動産流通適正化機構のRETIOにおいて事例が集積されていて、大変コンパクトにまとめられたよい資料がある。

 

不動産流通推進センター 「心理的瑕疵に関する裁判例について」
調査研究部 調査役 中戸 康文
https://www.retio.or.jp/attach/archive/82-118.pdf

 

不動産について人の死にかかわる心理的瑕疵の有無については、最高裁判例がないので、結論が確定はしていない。

 

RETIOの上記論文掲載以外の裁判例も含めて、下級審裁判例の分れ目を大まかに説明すると、以下のようになる。

 

・殺人事件、自殺の場合は原則として告知義務を肯定。焼死でも肯定事例あり。

・その建物が取り壊されていれば告知義務否定。

・都心部のオフィスビルの場合は2年前の放火殺人事件について匿名性も高く一般の人々の脳裏に残存しているとは考えにくいとして告知義務否定事例あり。一方で田舎の50年前の凄惨な殺人事件で肯定事例あり。

・共同住宅での自殺の場合は別の部屋の借主に対しては告知義務を否定。

・共同住宅の共用部分(屋上、廊下)での自殺の場合は専用部分の借主への告知義務を否定。

・賃貸人の義務として、居住させる者が自殺しないように配慮する義務を認めつつ、無断転貸人や従業員について賃借人の責任を肯定した事例、同居人について賃借人の責任を否定した事例と、事案により裁判所の判断が肯定否定で分かれる。

 

問題は、自然死の場合である。

 

昔は、自宅でお年寄りが老衰死するのは普通であった。

 

現在でも、夜間の間にお年寄りが心不全で亡くなって翌朝に発見されるというのはよくあることである。

 

このような場合に、所有物件や賃借物件に「心理的瑕疵」が発生するとして、ことさら損害賠償の問題にするのは、不穏当といわざるを得ないだろう。

 

単なる自然死があった場合に、それだけで心理的瑕疵を理由を損害賠償請求がされても、原則、否定される、というのが、一般的な感覚であろうと思われるし、裁判例も基本的にそうなっている。

 

しかしながら、少数ながら、自然死の場合にも、告知義務違反が問われるケースが生じている。

 

近年は、病死であっても自宅で亡くなるケースが非常に少なく、殆どは病院で亡くなるので、人の死が自宅で生じるということそのものに、心理的抵抗、もっといえば「けがれ」を感じる人は、昔より増えているのだろうと思われる。

 

一方で、少子高齢社会が急速行するなか、持ち家、賃借物件どちらででも、孤独死、独居死はおそらく増えていくばかりであり、これからの日本にとって、とても避けて通れる問題ではない。

 

不動産の物件で起きたことが自然死であっても、どこまで売買・賃貸において告知すべきか、近年、頭を悩ませる機会が増えている。

 

自然死の場合で、心理的瑕疵の有無や告知義務が問題にされた事例は、主に、独居死、孤独死の場合で、遺体が発見されなかった(事例では10日間とか4ヶ月間)ために、特に夏期の事例で、腐乱し異臭を放ったり床等を汚した事例である。

 

代表的な裁判例が、名古屋高等裁判所平成22年1月29日決定である。

 

本件債務者兼所有者がその居住していた本件物件内において死亡し、春から真夏にかけて四か月以上もの間遺体が残置され、平成二一年八月二一日の遺体発見時には腐乱した状態で強烈な異臭を放っていたことが認められ、このような場合には、床や敷物の状況等にもよるが、遺体が残置されていた場所の床が変色したり、床、天井、壁等に異臭が染みついて容易には脱臭できなくなるのが通常であり、それにもかかわらず、その後本件物件内には特に手を加えられた形跡がないというのであって、腐乱死体による床の変色や異臭の床、天井、壁等への残存といった状態が現在も継続しているのであれば、相当広範囲にわたり床、天井、壁紙の貼替え等を要するところであり、それ自体が本件物件の交換価値を低下させる物理的な損傷であるということができる上、たとえ床の変色が当初から存在せず、現在では室内の異臭が解消しているものであるとしても、前記認定によれば、本件物件内に死因不明の前居住者の遺体が長く残置され、腐乱死体となって発見された事実は、周辺住民に広く知れ渡っていることがうかがわれることからすると、本件物件を取得した者が自ら使用することがためらわれることはもちろん、転売するについても買手を捜すのは困難であり、また、買手が現れたとしても、本件のような問題が発生したことを理由にかなり売買価格を減額せざるを得ないことは明らかであるから、本件物件の交換価値は低下したものといわざるを得ず、このことは、本件債務者兼所有者の死因が自殺、病死又は自然死のいずれであるかにかかわらないところである。したがって、本件物件におけるこのような物理的な損傷以外の状況もまた、本件物件の交換価値を著しく損なうものであり、民事執行法七五条一項にいう「損傷」に該当するということができる。

 

東京地方裁判所昭和58年6月27日判決は、共同住宅の1室の賃借人が病死し、数日後に腐乱死体で発見された場合において、賃貸借に関する連帯保証人と賃借人の相続人が賃貸人に賠償すべき損害の範囲について問題となった事案である。

この裁判例では、浴槽便器類の住宅機器も含む広範な修理工事費用が損害と認められたが、悪臭が消えて以降の損害は否定された。

 

死体が発見された当時の本件建物部分の状況は、死体から汚物、体液が流出して床板やその下のコンクリートにまで浸み込み、悪臭が天井、壁、床など本件建物部分のすべてに浸みついていた。・・・本件建物部分の修理工事をさせたところ、同社は、本件建物部分の汚損(悪臭も含む。)を修復するためには、単なる清掃だけでは足りず、天井板、壁板、床板、ふすま等を取り替える必要があるし、浴槽、便器等の住宅機器等も次の借主に対して嫌悪感を与えないために交換する必要があると判断し、この修理工事をした。そして、原告会社は、修理工事代金一八〇万五〇〇〇円を支払つた。
 以上の事実によると、この工事は、本件建物部分の原状回復として、やむを得ない工事であつたから、この工事費用は、損害と認めることができる。

 

類似の裁判例として、現状回復義務の範囲について、東京地方裁判所平成29年9月15日判決が、将来の空室リスクによる減収損害を否定した。以下引用する。

 

(3) 原状回復費用について
ア 証拠(甲6の1・2,甲8の1~4,甲18)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,①クロス剥がし及び畳処分費用として合計4万3200円,②害虫対策費及び養生費として1万1437円,③応急の原状回復をする間,作業車の駐車のため,原告使用車両を時間貸し駐車場に駐車せざるを得なくなったことによる駐車場代として1400円を支払ったことが認められる。
イ 証拠(甲7,18)及び弁論の全趣旨によれば,遺体が2か月半放置されたことにより死臭が残るなどしたため,大掛かりな原状回復が必要となり,その費用として55万3284円が必要となることが認められる。
ウ 証拠(甲9,18)及び弁論の全趣旨によれば,亡Aは本件建物の鍵を1本紛失して返還していないため,鍵の交換費用として2万7000円が必要となることが認められる。
(4) 以上によれば,被告らは,賃貸借契約の終了に基づき,不可分債務として,平成28年7月1日から本件建物の明渡済みまで月額10万円の割合による賃料相当損害金及び原状回復費用63万6321円の支払義務を負うことになる。
2 原告の主張(2)(その他の損害)について
(1) 前提事実によれば,亡Aの死因は不明であり,亡Aが本件建物内で自殺したとは認められない。また,本件全証拠によっても,亡Aが生前持病を抱えていたなどの事情はうかがわれないから,亡Aが,当時,自分が病気で死亡することを認識していたとは考えられず,また,そのことを予見することができたとも認められない。
(2) 以上によれば,亡Aに善管注意義務違反があったとは認められず,同違反を前提とする原告の主張(2)は,理由がない。
3 原告の主張(3)(相殺)について
上記2で述べたとおり,原告の主張(2)に係る亡Aに対する損害賠償請求権は認められないから,原告の主張(3)に係る相殺の効力は生じない。
4 原告の主張(4)(相続放棄の効力)について
原告は,平成28年6月28日及び同年8月2日到達の書面で,本件に関する亡Aに係る損害賠償請求を,相続人である被告らに対して行ったことが認められる。そうすると,被告らは,同年6月28日の時点では,亡Aの債務について認識し得たものというべきである。
(2) 以上によれば,被告らが同年11月28日に行った相続放棄の申述は,熟慮期間経過後にされたものであって,相続放棄は無効である。
第4 結論
よって,原告の請求は,被告らに対し,賃貸借契約の終了に基づき,不可分債務として,各自,原状回復費用63万6321円及び平成28年7月1日から本件建物の明渡済みまで月額10万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

なお、裁判所が認めなかった立ち入り費用及び減収損害は以下の通り。

(2) その他の損害
亡Aは,本件建物の使用に関し,本件建物内での自死又は病死等の予見可能な死を回避し,原告に損害を生じさせないようにする善管注意義務を負っていたところ,これに違反し,次のア及びイの損害が発生した。そして,被告らは,上記損害の合計85万6996円から後記(3)の敷金20万円を控除した残額65万6996円の損害賠償債務を,相続分2分の1の割合で承継したから,それぞれ32万8498円の支払義務を負う。
ア 立ち入りのために要した費用 6万1556円
原告は,平成28年5月20日,警察官及び亡Aの長兄Bと共に本件建物に立ち入るに当たり,遺体発見の可能性が高かったことから,あらかじめ混乱を避けるために隣室住人を避難させるための費用として5万円を支払った。また,原告は,同居している要介護の母親をデイサービスに預けざるを得ず,その費用に1万1556円を支払った。
イ 減収 79万5440円
亡Aの遺体が2か月以上放置され,警察官も来る事態となったため,本件建物を含むマンション全体(以下「本件マンション」という。)の減収として,次の(ア)及び(イ)の損害を被った。
(ア) 遺体発見直後の本件マンションの新規入居者2人からは礼金及び共益費の減額を請求され,1件は礼金8万円と共益費3000円の2年分7万2000円,1件は共益費3000円の2年分7万2000円の減額を余儀なくされた。
(イ) 死因不明の遺体が2か月半にわたり放置されたため,本件建物については契約が敬遠されて今後も長期間空室が続く蓋然性が高い。その損害を填補するには,57万1440円(今後1年間の賃料の半額60万円にライプニッツ係数0.9524を乗じた額)を要する。

 

次に貸す段階については、自然死で、孤独死でもなく腐乱してもいなかったような場合には、告知義務は損害賠償請求は棄却されている傾向がある。

 

東京地裁平成18年12月6日判決
一般に,不動産媒介業者は,宅地建物取引業法上,賃貸目的物の賃借人になろうとする者に対して,賃貸目的物に関する重要な事項を告知すべき義務があるというべきであり,賃貸目的物に関する重要な事項には,賃貸目的物の物理的欠陥のほか,賃貸目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景等に起因する心理的欠陥も含まれるものと解されるが,本件建物の階下の部屋で半年以上前に自然死があったという事実は,社会通念上,賃貸目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景等に起因する心理的欠陥に該当するものとまでは認め難いといわざるを得ず,したがって,賃貸目的物に関する重要な事項とはいえないから,かかる事実を告知し,説明すべき義務を負っていたものとは認め難いというべきである。

 

東京地裁平成19年3月9日
そもそも住居内において人が重篤な病気に罹患して死亡したり,ガス中毒などの事故で死亡したりすることは,経験則上,ある程度の割合で発生しうることである。そして,失火やガス器具の整備に落度があるなどの場合には,居住者に責任があるといえるとしても,本件のように,突然に心筋梗塞が発症して死亡したり,あるいは,自宅療養中に死に至ることなどは,そこが借家であるとしても,人間の生活の本拠である以上,そのような死が発生しうることは,当然に予想されるところである。したがって,老衰や病気等による借家での自然死について,当然に借家人に債務不履行責任や不法行為責任を問うことはできないというべきである。

 

とはいえ、東京地裁平成18年12月6日判決も、半年以上前の自然死だから、という判旨になっている。

 

じゃあ、告知義務がなくなるのはいつか、49日過ぎればいいのか、100日過ぎればいいのか、と言い出すと、議論は尽きず、きりがない。

 

そもそも、ある程度年数が経っていても、買主や借主が主観的には嫌だ、騙された、といって訴えてくるリスクは避けられない。

 

そういう意味では、「人の自然死があった」事情があるとか、仲介業者が聞いた場合は、重要事項説明書に堂々と盛り込んでしまっておく、というが、実務的な安全策というべきであろう。

西村幸三

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