賃貸マンションの退去と自力救済

賃貸マンションの借主が家賃を滞納して明渡を求められることは珍しくない。

そんなとき、家主は、借主に退去を求めるが、借主が失業や多重債務などの経済苦でお金の持ち合わせがなかったり、家主に日頃から不満があって家賃の不払いを居直ったり、場合によっては、家主どころか保証人から連絡をとろうにもとれないまま家賃を滞納したまま長期不在にしたりすることがある。

そんなときは、家主としてはどうすればよいだろうか。

正しい手順は、弁護士に依頼するなどして、

(1)内容証明郵便・配達記録郵便などを送って賃料を催告するとともに一定期間払わない場合はその期間を経過をもって建物賃貸借契約を解除する旨、通知する。

(2)明渡訴訟を提起し、係争し、勝訴判決を得るか、明渡と残賃料支払(一部・全部)また残置動産放棄の和解をする。

(3)判決に基づき強制執行申立をおこない、執行官によって、明渡を実行する。

という流れで、裁判所の手続を踏んで、明渡を実現する。

(3)の強制執行までいかなくても、(2)までの段階で明渡が実現できることは、よくある。

しかし、こういった手続には、かなりの費用がかかる。

特に、(3)強制執行には費用がかかる。執行官の指定する業者による荷物の搬出、鍵のかかる別室や倉庫などでの一定期間の保管、その後の廃棄費用などである。

数十万円はかかってしまうのが実情である。

家主の側で対応する場合、実務的には(2)の段階で交渉して和解によって任意の明渡を実現するのがベストである。

家主としては、家賃がそれなりのマンションであれば、数十万円の費用はやむを得ないと思えることもあるだろう。

しかし、実際に借家の家賃を滞納するような借主は、高い家賃の物件には少なく、家賃の低いアパートなどに多い。

そうなると、家賃の滞納を含めて、一年分どころか二年分三年分の家賃がふっとぶこともある。

多数の部屋を貸している家主ならともかく、家賃3万円台のアパートをおばあさんが生活の足しに貸していることもあれば、分譲マンションを一室だけ貸しているような個人の貸主もいて、これは、気持ちの上で耐えがたい損害となる。

さらに迷惑を受けるのは保証人である。

家主からは家賃を払え、立ち退かせろと、やいのやいのと、せっつかれる。

保証人が借主に掛け合って退去させようにも、借主は引っ越し費用もない、次に借りる敷金も仲介手数料も払えない、次の保証人もいない、あげく居直られる、と言う始末となることが多い。

ひどいケースは、保証人からも連絡もとれないまま長期不在にして家賃を滞納するといった、なんとも理不尽なケースもある。

そうして、裁判所の判決や強制執行と行った適正な手続を踏まないまま、実力で、荷物を搬出したり、鍵を換えてしまう、という自力救済という強硬手段に、家主や保証人が及ぶことがある。

この自力救済は、実は、民事的には、損害賠償請求の対象となる不法行為である。

もしあとで自力救済だとして借主から訴えられれば敗訴はほぼ見通されているのに、自力救済事案は絶えない。

それだけ、正式裁判と強制執行による退去にコストがかかるからである。

ここ数年裁判例として増えてきているのは、「家賃保証会社」によって、借主の同意無く家財道具が強制搬出される自力救済事例である。

家賃保証会社は、借主との個人的関係は本来無い。

保証料を徴収して、それが賃料に事実上上乗せされている。

借主が家賃を不払いにしたら、家賃を代わりに家主に支払うが、一方で、滞納した借主には代位弁済した求償権としてシビアに取り立てる。

家賃の滞納が常態化した借主に対しては、家主と連携して、早目に賃貸借契約を解除して、退去を求める。

家主は頻繁に家賃滞納に遭うわけでは無いので、退去作業も遠慮しながら戸惑いながらであるが、家賃滞納者の扱いに手慣れた家賃保証会社は、シビアで執拗に借主に対して取り立てを行い、退去を迫り、実現していく。

ここで、最終的に借主の同意の上で、家賃保証会社が手配した搬出業者によって、家財道具の搬出や処分が行われることも多い。

しかし、搬出や処分の同意がないまま(不在事案など)、保証人や家賃保証会社によって家財道具の搬出処分が行われたり、あるいは、保証人や家賃保証会社は借主の同意を得ていたつもりでも、借主があとでそんなことは同意していないと言って、保証人や家賃保証会社を相手取って、自力救済による荷物の搬出や処分などを不法行為だと主張して裁判を起こしてくることがある。

家主と経済的に結託している家賃保証会社だからこういった裁判を起こされやすいということはあるが、個人で善意で保証人になった人が自力救済を理由にもろともに訴えられたような事案もある。

いくつか、事例を挙げる。

大阪地方裁判所平成25年10月17日判決は、自力救済を違法として、貸主、保証会社、貸主(株式会社)の代表取締役に、慰謝料88万円の支払を命じた。

(ア) 本件契約解除後の自力救済の可否について
たとい本件契約が解除されていたとしても、自力救済にあたるようなかかる行為は、原則として法の禁止するところであり、ただ、法律に定める手続によったのでは、権利に対する違法な侵害に対して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合において、その必要の限度を越えない範囲内でのみ例外的に許されるにすぎない(最高裁昭和三八年(オ)第一二三六号同四〇年一二月七日第三小法廷判決・民集一九巻九号二一〇一頁参照)ところ、本件では、そのような特別の事情は何ら認められないから、自力救済は許されず、平成二三年五月二七日及び同年六月七日の本件物件への立入行為等は本件契約の解除の効力の有無にかかわらず、違法な行為である。
(中略)
 原告は平成二二年一〇月分の賃料等を支払期日までに支払わなかったものであり、また、同年一一月分の賃料等を支払っておらず(前記前提事実(3))、かかる原告の賃料等の不払は、賃貸借契約に係る借主の最も基本的な義務を怠るものというほかないが、そうであるからといって、法的手続によることなく、原告に対して本件物件からの退去を迫る上記一連の違法な行為は何ら正当化されるものではなく、上記原告による賃料等の不払をもって過失相殺すべきものとはいえず、被告らの主張は採り得ない。
(中略)
 暴言、本件鍵ロックの取付け、本件物件内への立入行為、鍵の付替え等、法的手続によることなく、原告に本件物件からの退去を迫り、かつ、強制的に追い出すものであり、社会的相当性を欠き、原告の本件物件での居住権を侵害するものであって、不法行為に該当する(以下、上記各行為を合わせて「本件不法行為」という。)。
(中略)
賃借人に対して賃貸借の目的たる物件を使用、収益させることが賃貸人の最も基本的な義務である以上、賃貸借を業とする会社においては、実力をもって賃借人の占有を排除するような業務執行については、特に慎重な法令遵守が求められ、賃貸借を業とする会社の代表取締役においては、この点について違法な業務執行が行われないよう会社内の業務執行態勢を整備すべき職務上の義務を負うものと解される。
 したがって、賃貸借を業とする被告Y1社の代表取締役である被告Y2は、上記のような業務執行の態勢を整備すべき義務を負っていたものである。
 ところが、本件においては、上記認定のとおり、被告Y1社従業員らが暴言、立入り及び鍵の付替え等の違法行為を行っていること、被告Y1社から被告Y4に対して、賃料を滞納した原告を本件物件から退去させるよう依頼をしていること、さらには、本件に限らず賃料を滞納した賃借人については、被告Y1社から被告Y4に対して退去させるよう指示することもあること等からすると、被告Y1社においては、従業員ないし被告Y4に命じて、賃料を滞納した賃借人を物件から強制的に退去させることが常態化していたと認めるのが相当であり、上記のような慎重な法令遵守の要求に応えるだけの業務執行態勢が整備されていなかったことは明らかである。この点について、被告Y2には、代表取締役としての任務懈怠があり、かつ、この任務懈怠については、故意又は重大な過失があるというべきである。そして、この任務懈怠と下記(2)で認める原告の損害との間の相当因果関係も認めることができるため、被告Y2は、被告Y1社、被告Y3社及び被告Y4と連帯して、損害賠償責任を負う。
  (2) 争点四(損害の有無及び額)について
   ア 財産的損害
 (ア) 飲食代、銭湯代
 原告は、被告Y4による本件鍵ロックの取付けによって、本件物件での生活が出来ず、その間は、コーヒー一杯を注文してファミリーレストラン等で夜を過ごさざるを得なかった等として、飲食代二万五〇〇〇円を請求するとともに、本件物件内での入浴ができず毎晩銭湯に通ったとして銭湯代五万円を請求する。
 しかし、本件物件内での居住ができなかった期間について、原告が上記支出をしたことを具体的に立証する客観的な証拠はない。
 したがって、原告主張の飲食代及び銭湯代を財産的損害として認めることはできず、これらの事情は精神的損害についての考慮要素として勘案すべきものといえる。
 (イ) 逸失利益
 原告は、平成二二年一一月二九日から平成二三年一月頃までの間、家庭教師として生徒一人を担当していたこと、同月以降は無収入となったことが認められる。もっとも、原告が無収入となった原因は生徒の入学試験の受験が終わったためであって、本件鍵ロック取付けとの間の因果関係を認めることはできない。また、原告は、日中はオフィスビルのロビー等で過ごし、不自由はしたものの求職活動をしていた旨供述していることから、本件鍵ロック取付けによって求職活動ができなかったとまでいうこともできない。
 したがって、本件鍵ロックの取付けによって原告が収入を得る機会を奪われ、逸失利益が損害として生じたと認めることはできない。
   イ 精神的損害
 原告が被告Y4や被告Y1社の従業員らから複数回にわたり暴言を浴びせられたこと、実力で本件物件から追い出され、平成二二年一一月三〇日から平成二三年三月一七日までの間生活をする場所のない状態に陥ったことは前述のとおりである。また、原告は同年六月七日に本件物件より追い出された後は少なくとも同年一〇月三一日までの間、自立支援施設等での生活を強いられていたものである。したがって、原告は約八か月もの間、本件物件での居住を妨害されたものであり、これらによって原告は生活に多大な不便を強いられ、名誉感情を傷つけられたものと認められるところ、これらにより原告は多大な精神的苦痛を受けたものというべきであり、慰謝料額は八〇万円と認めるのが相当である。
   ウ 弁護士費用相当損害金
 上記損害額に照らし、本件不法行為と相当因果関係にある弁護士費用の損害は八万円と認めるのが相当である。

といった内容である。

東京地方裁判所平成24年9月7日判決は、無断でマンションに立ち入り家財道具を搬出処分した家賃保証会社及びその代表取締役に、家財道具の損害30万、慰謝料20万、弁護士費用5万の計55万円の賠償を命じた。

東京地方裁判所平成24年3月9日判決は、管理会社から繰返し執拗に怒鳴られるなどして確認書に署名捺印し身一つで退去を強制されたとして、管理会社に対して、家財道具の損害100万円、慰謝料100万円、弁護士費用20万円の賠償を命じた。

東京地方裁判所平成23年2月21日判決は、本件マンションの一室を賃借した原告が、家賃を滞納したことを契機に仕事先の同僚で家賃保証をした被告保証人によって原告の荷物が搬出されて強制退去させられたことから、同被告並びに上記賃貸借契約の被告仲介業者、被告家賃保証会社及び被告貸主会社に対し、損害賠償を請求したところ、同僚の保証人個人だけに責任が認められ、家賃保証会社および貸主に対する請求は、同僚の保証人と通謀したわけではないとして、棄却された。なお、同僚の保証人が借主に傷害を負わせた慰謝料100万円(過失相殺3割)を含めて計160万9572円の賠償を命じた。

東京地方裁判所平成22年10月15日判決は、アパートの一室を賃借していた原告が、不在中、管理会社である被告により、室内から家財等を処分され、鍵を付け替えられたとして、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めると共に、被告の違法な自救行為に基づく費用を支払う旨の念書は無効であるとして、同念書に基づく支払義務の不存在確認を求めた事案で、念書は公序良俗に反し無効であるとして、家財道具40万円、慰謝料60万円、弁護士費用10万円計110万円の慰謝料を認めた。

さて、このな裁判例にみられるように、家主だけでなく、管理会社も、家賃保証会社も、その法人の代表取締役個人も、さらには好意から保証人となった者も、自力救済による損害賠償責任が認められることになる。

弁護士としては、自力救済による強制退去実現をアドバイスすることはない。

一方で、賃貸借という事業をおこなうものからすれば、長期不在などによって家賃の滞納を怠る者によって損害が雪だるま式に膨らんでしまう上に、一歩間違えれば、仮に念書などをとって退去させた場合にも逆に損害賠償請求に遭うという、厳しいリスクを負う場面となっているのである。

家賃の滞納が常習化した借主には、迅速な催告付き解除通知に続いて明渡訴訟に踏み切るのが一番の対策ということになる。

なぜなら、現場の実感として、判決や和解によって、一番費用のがかる強制執行に到らずに、自発的な退去を実現できることも、しばしばあるからである。

西村幸三

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京都・烏丸三条にある法律事務所を運営。ニュース・法改正・裁判例などから法務トピックを取り上げていきます。