性別変更に性転換手術が不要になった 最高裁令和5年10月25日大法廷判決

最高裁令和5年7月11日判決の経済産業省トイレ問題の判決に続いて、最高裁令和5年10月25日判決は、性同一性障害者が性別変更を申請するに当たって、性転換手術は不要であるという判決を出した。

 

性同一性障害を持つ人が、性別変更をおこなうための要件のひとつとして、いわゆる5号要件(性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律第3条第1項5号)が設けられていた。

 

すなわち、「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」が要求されていた。

 

これは、いわゆる性転換手術をおこなうことが、戸籍上の性別を変更する上で必須の要件とされていたというものである。

 

この性転換手術というのは、性器・生殖腺の切除(外性器の除去術及び形成術は、生物学的な男性の場合は陰茎切除術及び外陰部形成術、生物学的な女性の場合は尿道延長術及び陰茎形成術)のことと、端的には理解しておけばよい。

 

その5号要件の規定について、違憲無効であると判断したのが、上記の令和5年10月25日最高裁大法廷判決である。

 

大法廷判決なので15人の裁判官による判断であるが、3名の裁判官の反対意見がある。

 

5号要件が設けられている理由の典型的場面として論じられてきたのは、仮に5号要件を不要とすると、公衆浴場で、外観で男性器を持ち性別を女性に転換した人が女湯に入ってくる、その逆もありうる、女子トイレに性別女性・外観男性が入ってくる、ということになり、一般の人にとってはその不快感と混乱は許容しがたい、というものであったと思われる。

 

最高裁判決の本文(多数意見)は、これらの、温泉旅館・銭湯、トイレについての取扱いは、論ずることが無い。かなりシンプルな判旨であり、読んで違和感を感じたくらいである。

 

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/446/092446_hanrei.pdf

 

としているものの、公衆浴場やトイレの問題には触れていないのにやや、首をかしげた。

 

ただし、読み進めていくと、補足意見として岡正晶裁判官が、かなりその公衆浴場の問題について補足しており、12人裁判官の意見としてはなかなか論じにくいことを、あえて役割分担をおこなって、踏み込んで論じたもの、ものと言えるだろう。以下である。

 

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そこで、5号規定の目的についてみると、5号規定は、他の性別に係る外性器に近似するものがあるなどの外観がなければ、例えば公衆浴場で問題を生ずるなど、社会生活上混乱を生ずる可能性があることなどが考慮されたものと解される。
外性器に係る部分の外観は、通常、他人がこれを認識する機会が少なく、公衆浴場等の限られた場面の問題であるが、公衆浴場等については、一般に、法律に基づく事業者の措置により、男女別に浴室の区分が行われている。このうち、公衆浴場については、浴場業を営む者は、入浴者の衛生及び風紀に必要な措置を講じなければならないものとされ、上記措置の基準については都道府県等が条例で定める(公衆浴場法3条1項、2項、2条3項)。この条例の基準は、厚生労働大臣の技術的な助言(「公衆浴場における衛生等管理要領」平成12年12月15日付け生衛発第1811号厚生省生活衛生局長通知)を受け、一般に、一定年齢以上の男女を混浴させないことや、浴室は男女を区別すること等を定めており、これらを踏まえ、浴場業を営む者の措置により、浴室が男女別に分けられている。旅館業についても同様の規制があるところ(旅館業法4条1項、2項、3条1項)、旅館業における共同浴室については、条例の基準として上記の定めがない場合も多いが、一般に、旅館業を営む者の措置により、男女別に分けられている(「旅館業における衛生等管理要領」上記厚生省生活衛生局長通知参照)。
このような浴室の区分は、風紀を維持し、利用者が羞恥を感じることなく安心して利用できる環境を確保するものと解されるが、これは、各事業者の措置によって具体的に規律されるものであり、それ自体は、法令の規定の適用による性別の取扱い(特例法4条1項参照)ではない。実際の利用においては、通常、各利用者について証明文書等により法的性別が確認されることはなく、利用者が互いに他の利用者の外性器に係る部分を含む身体的な外観を認識できることを前提にして、性別に係る身体的な外観の特徴に基づいて男女の区分がされているということができる。事業者が営む施設について不特定多数人が裸になって利用するという公衆浴場等の性質に照らし、このような身体的な外観に基づく男女の区分には相当な理由がある。厚生労働大臣の技術的助言やこれを踏まえた条例の基準も同様の意味に解され(令和5年6月23日付け薬生衛発第0623号厚生労働省医薬・生活衛生局生活衛生課長通知参照)、上記男女の区分は、法律に基づく事業者の措置という形で社会生活上の規範を構成しているとみることができる。5号規定は、この規範を前提として性別変更審判の要件を規定するものであり、5号規定がその規範を定めているわけではない。
イ これらを踏まえて検討すると、性同一性障害を有する者は社会全体からみれば少数である上、性別変更審判を求める者の中には、自己の生物学的な性別による身体的な特徴に対する不快感等を解消するために治療として外性器除去術等を受け、他の性別に係る外性器に係る部分に近似する外観を備えている者も相当数存在する。また、上記のような身体的な外観に基づく規範の性質等に照らし、5号規定がなかったとしても、この規範が当然に変更されるものではなく、これに代わる規範が直ちに形成されるとも考え難い。さらに、性同一性障害者は、治療を踏まえた医師の具体的な診断に基づき、身体的及び社会的に他の性別に適合しようとする意思を有すると認められる者であり(特例法2条)、そのような者が、他の性別の人間として受け入れられたいと望みながら、あえて他の利用者を困惑させ混乱を生じさせると想定すること自体、現実的ではない。これらのことからすると、5号規定がなかったとしても、性同一性障害者の公衆浴場等の利用に関して社会生活上の混乱が生ずることは、極めてまれなことであると考えられる。その一方で、5号規定がない場合には、性別変更審判により、身体的な外観に基づく規範と法的性別との間にずれが生じ得ることについて、利用者が不安を感じる可能性があることは否定できない。しかし、その場合でも、上記規範の性質等に照らし、性別変更審判を受けた者を含め、上記規範が社会的になお維持されると考えられることからすると、これを前提とする事業者の措置がより明確になるよう、必要に応じ、例えば、浴室の区分や利用に関し、厚生労働大臣の技術的な助言を踏まえた条例の基準や事業者の措置を適切に定めるなど、相当な方策を採ることができる。また、特例法は、性別変更審判を受けた者に関し、法令の規定の適用については、その性別につき他の性別に変わったものとみなす旨を規定するが、法律に別段の定めがある場合を除外して、その例外を予定しており(4条1項)、公衆浴場等の利用という限られた場面の問題として、法律に別段の定めを設けることも考えられる。上記混乱の可能性が極めて低いことを考え併せれば、現在と同様に利用者が安心して利用できる状況を維持することは十分に可能と考えられる。
この点に関連して、5号規定がなければ、男性の外性器の外観を備えた者が、心の性別が女性であると主張して、女性用の公衆浴場等に入ってくるという指摘がある。しかし、5号規定は、治療を踏まえた医師の具体的な診断に基づいて認定される性同一性障害者を対象として、性別変更審判の要件を定める規定であり、5号規定がなかったとしても、単に上記のように自称すれば女性用の公衆浴場等を利用することが許されるわけではない。その規範に全く変わりがない中で、不正な行為があるとすれば、これまでと同様に、全ての利用者にとって重要な問題として適切に対処すべきであるが、そのことが性同一性障害者の権利の制約と合理的関連性を有しないことは明らかである。

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と岡正晶裁判官は述べる。

 

「そのような者が、他の性別の人間として受け入れられたいと望みながら、あえて他の利用者を困惑させ混乱を生じさせると想定すること自体、現実的ではない。これらのことからすると、5号規定がなかったとしても、性同一性障害者の公衆浴場等の利用に関して社会生活上の混乱が生ずることは、極めてまれなことであると考えられる。」

 

という思考は楽観的な性善説に立っているといえ、逆にそういった性善説を不安に感じる人(女性に多いと思われる)たちは、他人の性的嗜好に対し、何が内在しているかはわからないのだからと警戒感を持って悲観的に考える、と言えるだろう。

 

性被害(痴漢や盗撮、覗きなども含む)にあった女性からすれば、深刻な心理的トラウマの問題であり、「絶対嫌だ」となって、妥協できることではないだろう。

 

果たして、職場や公共空間のトイレ、公衆浴場や温泉旅館について、性転換手術をおこなっていない性同一性障害者に対して、どこまで、提供を制限してよいのか、制限してはいけないのかは、各事業者にとっては非常に悩ましい問題である。

 

岡正晶裁判官は、

「浴室の区分や利用に関し、厚生労働大臣の技術的な助言を踏まえた条例の基準や事業者の措置を適切に定めるなど、相当な方策を採ることができる。」

 

と述べる(確かに戸籍の性別変更の可否とは問題を分けて考えることは一応可能である)が、果たしてそんなに簡単であろうか。

 

性同一性障害者専用の浴室設置義務を課すのは、物理的制限から多くの公衆浴場や温泉旅館において、はなはだ無理がある。

 

各部屋の内風呂や、貸切風呂がある施設であれば、その利用だけに制限するという対処はありうるが、性同一性障害者から、内風呂や貸切風呂だけに制限されるのは不当であると言う主張が来た場合はどう判断し、対処するか。

 

結局は、かなりの場合は、「内風呂、貸切風呂だけしか認められない」という施設を許容すべき場合が、多く出てくると思われるところである。

 

次に、トイレについては、高齢者障害者用の両性用トイレで対応するというのは一案である。

 

しかし、つい3ヶ月前の最高裁令和5年7月11日第3小法廷判決では、経済産業省における性同一性障害(性転換手術受けず)の職員のトイレ使用について、2階以上離れたフロアの女子トイレを使うように指示したことを、職員が人事院に行政措置の要求をしたところ人事院がそれを認めないという判定をしたことに対し、最高裁はこの判定を取り消す旨の判決をした。

 

そうだとすれば、女子トイレの使用を普通に認めざるを得ないということになりそうでもある。

 

しかし、この最高裁令和5年7月11日判決では、

 

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/191/092191_hanrei.pdf

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そして、上告人は、性同一性障害である旨の医師の診断を受けているところ、本件処遇の下において、自認する性別と異なる男性用のトイレを使用するか、本件執務階から離れた階の女性トイレ等を使用せざるを得ないのであり、日常的に相応の不利益を受けているということができる。
一方、上告人は、健康上の理由から性別適合手術を受けていないものの、女性ホルモンの投与や≪略≫を受けるなどしているほか、性衝動に基づく性暴力の可能性は低い旨の医師の診断も受けている。現に、上告人が本件説明会の後、女性の服装等で勤務し、本件執務階から2階以上離れた階の女性トイレを使用するようになったことでトラブルが生じたことはない。また、本件説明会においては、上告人が本件執務階の女性トイレを使用することについて、担当職員から数名の女性職員が違和感を抱いているように見えたにとどまり、明確に異を唱える職員がいたことはうかがわれない。さらに、本件説明会から本件判定に至るまでの約4年10か月の間に、上告人による本件庁舎内の女性トイレの使用につき、特段の配慮をすべき他の職員が存在するか否かについての調査が改めて行われ、本件処遇の見直しが検討されたこともうかがわれない。
以上によれば、遅くとも本件判定時においては、上告人が本件庁舎内の女性トイレを自由に使用することについて、トラブルが生ずることは想定し難く、特段の配慮をすべき他の職員の存在が確認されてもいなかったのであり、上告人に対し、本件処遇による上記のような不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかったというべきである。

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と、詳細な認定をおこなっており、

「職場に明確に異を唱える職員がいたことは伺われない」
「数名の女性職員が違和感をいだいているように見えたにとどまる」
「特段の配慮をすべき他の職員が存在するかの調査もされていない」

、といった要素をもとに、女子トイレの使用を認めるべきとしたものである。

 

そうだとすれば、事実関係を少し変えて、その職場において、「男性器の切除をしていない人が女子トイレに入ってくるのは絶対嫌だ」と表明する女性職員がいれば、最高裁判決の結論は変わったのではないか、最高裁判決の論理は薄弱ではないか、いわゆる事案によって変わりうる事例判決なのではないか、という疑問は生じる。

 

では、仮に、公衆浴場や温泉旅館(トイレであれば各種公的施設・民間施設)において、定期的に、顧客からアンケートを取って、「絶対嫌だ」という意見が、一定割合、あるいは数パーセントでも存在したとする。

 

その「絶対嫌だ」という女性の中には、性被害に遭った女性もいるかもしれないが、アンケートでそんなことを回答するよう求めることもできないだろう。

 

その場合に、公衆浴場や温泉旅館が、浴場の、または各種ホテルや公的施設・民間施設が、「アンケートで絶対嫌だという人がいますので」として、自室でない公共のトイレの利用を、拒絶するとか、高齢者障害者用の両性用トイレに限定するといったことは不当であろうか。

 

入口でセキュリティが施されて来庁者管理がされているような、経済産業省の本庁の庁舎内の、職員や来訪者しか使わないトイレであれば、「何名かの違和感」で片付けられるかもしれないが、公衆浴場や温泉旅館の浴場、公的施設・民間施設のトイレにおいては、「誰が入ってくるかわからないのに」という女性利用者側の不安のレベルは、全く質が違うように思われるのである。

 

令和5年7月11日判決の上記の論理でいけば、民間施設において同様の利用制限をおこなうことを憲法違反・違法とする根拠は、簡単に崩れてしまうように思われる。

 

さらにいえば、令和5年7月11日判決は、職場が経済産業省という事案であり、「国」対個人の憲法判断の問題であり、私人間での、職場におけるトイレ利用の問題ではないところにも注意が必要である。

 

性同一性障害者、ジェンダーの問題は、論ずるのもデリケートな問題であり、議論を回避したり、ポリティカル・コレクトネスが先行したりといったことになりかねない危惧がある。

 

職場、公衆浴場や温泉旅館、公共施設、民間施設において、規模の大小もあるなか、まだまだ、実務的には、着地点・ソリューションが難しいデリケートな問題が残り続けると言わざるを得ないと思われる。

西村幸三

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京都・烏丸三条にある法律事務所を運営。ニュース・法改正・裁判例などから法務トピックを取り上げていきます。