道志村の女児(当時小学校1年生)行方不明事件は、5月15日(日)、骨のDNA鑑定結果が一致して、一応の決着を見た。遺族の心痛は察するに余りある。
ところで、あの遺留品や遺骨が発見された涸れ沢までたどり着くのに女児がどのようなルートをたどったのか、については、マスコミ報道はあまりに隔靴掻痒で、「あんなところに女児がたどり着けるわけがない」といった風に、女児の行動した足跡についてまともな分析というものを見ないように思われるのが残念である。
SNS、Youtube上では、早くから、女児が、午前中に遊んだ椿沢林道を遡上して、沢で遊んでいるという他の子達を追いかけて椿沢を遡上した可能性が取り沙汰されていたし、捜索ボランティアはいろいろと椿沢を溯行したYoutube映像をアップしていて、椿沢のイメージはよくわかる。
私は、山歩きは体力的に危ないと考えてすっかりやめてしまっているが、最近は、進歩した山岳アプリ(特にYAMAP)で登山者が行動記録をアップしてくれるのを読む「バーチャル登山」を、楽しんでいた。
そこで、今回の涸れ沢での発見の報道に触れて、国土地理院の地図で地形を眺めつつ、YAMAPで、女児が山に入ったと想定されるルートを考察してみた。
まず、ネットでの考察で有名になっているYAMAPの行動記録がある(マスコミもようやく取り上げつつある)。
水平リーベ 大室山(丹沢)・畦ヶ丸山・菰釣山-2019-09-23
https://yamap.com/activities/4615320
この行動記録は、行方不明の2日後に、椿林道終点付近で、YAMAPのハンドル名「水平リーベ」さんがアップした、女児のものと疑われるぬかるみの足跡(らしきもの)を撮影していたものである。
ボランティアで捜索していた登山者らの考察の多くは、女児は、沢遊びをする他の子達を追いかけていったのだから、どこまでも追いつこうと沢を遡上したのが自然であるという発想で、椿沢林道や椿沢を遡上して調査・捜索したボランティアが多いようである。
私も当然そうだろうと思う。
水平リーベさんもそうで、水平リーベさんは、林道最終地点の手前付近で椿沢が左右に分かれる、その左側の沢の入口付近で足跡(らしきもの)を発見している。
水平リーベさんはその左の沢をさらに100メートルほど遡上して、標高853メートル付近で引き返している。
ちなみに、林道最終地点で椿沢の分かれる右側の沢が、国土地理院の地図でみても水流がある、本流のようであるが、こちらの沢は1400メートル付近の山頂近くに到達する沢で、トラバースも難しく、上流の傾斜は急すぎ、おそらく登れていない。
女児はおそらく、林道最終地点の沢の分かれで、(足跡らしきものがあった)左の沢を進んだものと思われる(足跡がほんものかどうかはわからない)。
この左の沢は、下の方は、子供でも(落石や沢登りの怖さを知らなければ)登れそうな傾斜である。
ところでその左の沢は、標高でいうと900m台付近から1000メートルほどまでのところで、等高線を見る限り、谷が浅く緩やかになるところがあり、その後急坂になり、さらに大岩だらけで一気に登攀困難になる。
そこで捜索したボランティアの行動記録でも、「こんなところを子供が登っているわけがない」と諦めて沢を降りている者が目立つ。
意外とトラバースするルートを取る捜索ボランティアは多くない。
沢を降りるという発想になるようである。
しかし、女児がそこまでたどり着いたとして、引き返そうにも沢下りは登りより遙かに難しいから、そこで立ちすくんだ可能性が結構あると思う。
一方、等高線の形や幅からすれば、谷が浅くなりやや緩やかになっている900m台付近であれば、そのどこかで、沢を左側(北方向)に逃げるように斜面を等高線沿いにトラバースすることは、けっこう容易にできそうである。
実際にその左側の沢の沢登りの様子と、トラバースの雰囲気をよく伝えている登山者の行動記録が、Tたいむさんの2019年10月2日の行動記録である。
Tたいむ 美咲ちゃんを捜して 10/2 2019.10.02(水)
https://yamap.com/activities/4683218
写真38/45
14:07 椿沢 。 もう 結構 足にキテるのですが もういっちょ 尾根を登ってみましょう
写真39/45 H900m あたりまで 登りまして さっき歩いた尾根との、中間あたりの尾根に向かって トラバース
写真40/45 沢を 突っ切るのは イヤですね 下の方は 無理っぽかったので、安全な感じのトコまで 登って、トラバース
写真43/45 この沢の 下の方
写真44/48 この沢の 上の方
写真40の沢が、椿沢の分かれの左側の沢である。900mから上のところで安全に右から左へトラバースできる箇所があることがわかる
仮に、女児が、他の子どもたちに追いついて一緒に帰ろうそのほうが安全と思って追いかけ、沢も登れると思って登ったものの、さすがにこの上にはいないと思ったものの、沢を降りるのは怖くなって降りられないと考えたとする。
それで、怖い谷を左に抜けて歩きやすい等高線沿いにトラバースして進んだとすれば、実はその先には、ほとんど平坦に近い尾根道(標高943メートルの西山)があって、そこに自然に合流することになる。
この谷から左に抜けるトラバースルートは、別の登山者も、椿沢左側の沢からトラバースしている(下記のハンドル名「あっきー」さん。但しあっきーさんはやや標高が低いところから左にトラバースして尾根を登ってから、なだらかな尾根道にとりついている)ことから、登山者心理としては自然なのだろうと思う。
あっきー 椿荘オートキャンプ場捜索2(道志村 800m西側尾根~椿沢~東側尾根周辺)–2019-09-27(月)
https://yamap.com/activities/4639973
こう考えると、子供の足でも、林道最終地点から標高で200m弱、沢を遡上したところで、左にトラバースしたというルートには、さほど無理がないように思う。
さて、トラバースの結果、なだらかな西山に続く尾根道にたどり着いたとして、女児は、そのまま楽に西山(943m)のほうにまっすぐ尾根道が続いている。このなだらかでまっすぐな尾根道の北行は、子供でもあまり迷うことがなさそうである。
この尾根道の雰囲気をよく伝える行動記録が、以下のハンドル名「トプ・ガバチョ」さんのものである。
トプ・ガバチョ ひのきのお次はつばきだった@椿沢-大室山-北尾根椿ルート 2018.08.24(金)
https://yamap.com/activities/2300303
この登山者は、女児行方不明事件の一年前に、大室山(1587m)に登頂後、尾根道を道志村のキャンプ場すぐ上の林道に降りてきていて、途中、このなだらかな尾根道で、道標を整備してくれていいる。
写真71/89 しばらく黙々と下っていると、いつしか大室沢ルートの分岐に出てしまいました。しかし、あるはずの古道標が見られず、少し登り返して倒れていたのを発見。立て直しておきました。
実は、このトプ・ガバチョさんは、女児行方不明事件の2年前に、なだらかな尾根道の分かれと、登山口で、もう2つ標識を整備してくれている。
写真74/89 ここが椿ルートの分岐になります。道標は去年取り付けておいたものです。こんなマイナーなルートだから、あまり役立っていないかな。
写真83/89
出口と言うか取り付き口にはここにも去年掛けておいた簡単な道標が残っていましたが、これまたほとんど気付かれないでしょうね。
道志村の問題のキャンプ場すぐ上の林道から尾根道に入るところに標識が立っている。
マスコミは繰返しそれを報道しているが、記者によれば意味のわからない謎の標識のように扱われている。
失礼な話である。
「この先の林道は行き止まりで、大室山に登るのはこの尾根道からだ」、といったような意味であり、YAMAPなどでもその尾根道が登山道として赤線が引かれているわけだから、地図を読んできた登山者が地図と照らし合わせれば普通に意味が推定できる。
登山者用の標識であり、ルートマップも見ない記者に、理解できるわけがない。
83/89で、実はこの標識は女児の行方不明事件の一年前、2018年8月24日に、トプ・ガバチョさんが、自分が昨年(2017年)に立てた標識だと、YAMAPの行動記録でアップしていることがわかる。
女児は、写真74/89のトプ・ガバチョさんがなだらかな尾根道の分かれに2017年に設置した道標で左:椿ルート 右:尾根ルート、と書かれた、その尾根道の分かれの間の谷、その谷底で、遺骨が発見されている。
つまり女児は、この分岐を通ったあと滑落したものと思われる。
トプ・ガバチョさんの設置した標識は、これだけ尾根道分岐の正面に立っているので、行方不明になった日も、女児はこの標識を見たものと思われる。
女児は、この尾根道の分岐にたどり着いていたことは間違い無いだろう。
そして、本来は、この行方不明事件の2年前の道標設置のおかげで、なだらかな尾根道の分かれという怖い道迷いのポイントながらも、女児は、どちらかの尾根道のコースを進めたはずで、まっすぐ進んで間の谷に迷い込むという最悪の道迷いに陥ることはなかったはずである。
あとは尾根道をどちらかをまっすぐ進んで登山口まで降りればよかった。
つまり、女児はかなりの確率で自力下山できたはずで、本当にあと一歩のところまでたどりついていたものと思われる。
では一体、最後になにが起こったのだろうか。
想像がつくのは、
(1)日が暮れてから尾根道を折りたために滑落した
(2)鹿や熊に出会ってびっくりして逃げて滑落した
かその両方、といった可能性である。
熊でなくても、夜に鹿と遭遇すれば、目が暗闇で光ってこちらを見つめてきて、相当不気味で怖い。子供がはじめて出くわせばなおさらである。
どちらの尾根道も、すこし尾根を外れるとかなり急であり、谷の法面の等高線は異常に細いところが随処にある。
明らかに崖であり、その下は踊り場になっているだろう。
こういう踊り場に落ちると、捜索隊がV字谷の下から見上げても陰になって見えない。
捜索隊やボランティアが危ない崖の法面を面で捜索できたわけでもないだろう。
そういう理由で、初期の捜索で見逃され、3週間後に来た台風19号で、流されてV字谷の下に落ちて石や土砂に埋まって(台風19号の後は崩落が続いたはずで危なすぎて捜索ボランティアも踏み込まなかっただろう)、その後も崩落が繰り返され、発見時のように遺留品が散らばった。
こういう経緯ではないかと、だいたいの想像がつく。
さて、YAMAPというスマートフォンアプリは、国土地理院+ルートが書かれた地図をダウンロードして、行動記録をONにして登山すれば、GPS上の位置や標高を記録してくれて、なんと携帯電話の電波が通じない間もGPSの位置を記録・表示してくれるという、大変な優れものである。
現在は、登山用のハンディGPSも高性能化しているが、YAMAPと併用すれば、さらに詳細な地図読みができる。
国土地理院の地図、ルートマップは、ヤマケイのマップがコンビニエンスストアで300円でA3でダウンロードできるようになっている。
こういったツールを駆使している登山者は多くて、単独行で沢登りなど、道なき道を行っては、YAMAPやヤマレコに山行記録をアップしていく。
実際、今回遺留品を発見したのも捜索ボランティアであった。
今回の女児行方不明事件でも、YAMAPでの登山者の行動記録を見ることで、相当な程度、女児のたどったルートを想像できるのである。
奇妙なのは、マスコミの報道のあまりのリテラシーの低さである。
女児の足であんな涸れ沢に入っていくわけがない、あの涸れ沢は何度も捜索に行っているのに見つからない、不思議だ、という、地元の方のインタビュー発言を、ただ垂れ流すだけである。
捜索隊がなんども行き来したルート付近で後日遺体が発見されることは、稀でもなんでもない。
仮に、記者に、YAMAPアプリやyoutubeなどに散らばる登山者らの行動記録を集め、自分で国土地理院の地図を読む能力が多少でもあれば、椿沢左側の沢のどこかから沢を登った可能性、沢を降りるより谷の外に逃げるようにトラバースした可能性は思いつくはずであり、その下調べの上で関係者や捜索ボランティアに質問すれば、答えは全然違うはずである。
しかし、マスコミの記者には、その様なリテラシーを持つ者がいまだに全くいないかようである。
こういった考察はいくつかのバリエーションが考えられ、私の考察したトラバースルートは、全く同じ考察はなくて、やや独自かもしれないが、林道最終地点からの楽な最短ルートとも言える。
山では、急傾斜や藪・密生した森でなければ、標高線に沿ってトラバースするほうが沢より歩きやすいこともあり(もちろん登山道ではないからそれはそれで道迷いで危ないが)、それが子供の足取りとして不可能だったわけでもなく、むしろ谷を登れたけど降りられないからトラバースしたとすれば自然でもある。
断定はできないものの、事件性はなく事故であろうと素直に思い至るだろう。
マスコミの下調べや考察がそこに未だに遠く行き着かないのは不思議というしかない。
人へのインタビュー、質問、尋問というものは、周辺知識の十分な下調べ(予備調査)、準備をした上でないと、まともな回答は引き出せないものであるが、日本のマスコミの報道を見る限り、取材力のレベルのつたなさは、やや見るに堪えないものを感じる次第である。