クレディ・スイスと劣後債

クレディ・スイスの破綻が話題になっている。

 

クレディ・スイスの破綻で、金融システムを揺るがす要因として注目されたのが、AT1債=劣後債の160億スイス・フラン(約2兆6000億円)のデフォルト(債務不履行)、つまり劣後債だけが価値がゼロになってしまったことで、これが市場にかなりのショックを招いている。

 

具体的にはAT1債市場の金利が7%台から15%台まで一気に暴落したというものである。

 

劣後債というのは、一般債権者に遅れる社債のことであるが、条件設定次第で、さらに、株主にも劣後させることができる。

 

今回のクレディ・スイスのAT1債というのは、一般債権者に劣後し、株主にも劣後し、さらに、スイス独特の特殊な発行条件として、政府から公的支援を受けた場合は、デフォルトとみなし、劣後債は価値ゼロとなる、というものである。

 

このスイス独特の劣後債の設計が、劣後債市場全体の信用不安を招いたトリガーとなった。

 

金融機関の健全化を図るための国際的基準であるバーゼル規制(改訂の上、現在バーゼルⅢ。BIS規制)によって、金融機関は、厳格な自己資本査定(貸出金などを資産として査定して、損失が見込まれるばあいは、債務者区分ごとの引当金を積むなどする)をおこなって、金融機関自身が自己資本比率を開示し、これを一定以上に保つべきこととなり、この自己資本比率が低いと、コール市場での資金の調達にも困り、調達金利の上昇悪化を招く。さらには金融当局からの業務改善命令、さらには破綻処理の対象となってしまう。

 

一旦はげしく自己資本が毀損した金融機関に、与信を行う先は現れないから、スパイラル的に信用不安が拡張する。

 

これを防ぐために、金融機関は、自己資本と見なして自己資本比率を計算できる劣後債を発行し、やや高めの金利で、機関投資家に引き受けてもらって資金を調達することで、自己資本比率を高めることが一つの方法となる。

 

その間に利益を上げて業績を回復させ、自己資本比率を高めて、一時的な自己資本の毀損を乗り切り、いずれ、劣後債を返済(償却)して、経営再建を果たす。

 

こういうスキームである。

 

今回は、スイスの金融最大手UBSが、クレディ・スイスの株式の株式交換という方法により、救済買収に手を挙げた。

 

これは、スイスの金融機関の信用不安連鎖、金融システムの不安定化を阻止するためであり、おそらくスイス政府の肝いりによるものと思われる。

 

そこに、スイス政府が、UBSが買収したクレディ・スイスの資産から損失が生じる場合にそれを補填する90億フランの保証を与え、さらにスイス中央銀行が、政府保証がない資金1,000億フランを、UBSに貸し出すこととした。

 

これが、クレディ・スイスの発行するAT1債のデフォルト条件に適合し、結果、株主の権利は株価下落したとはいえUBSの株式として交換され一定の権利が保全されるにもかかわらず、劣後債は償還されないことが決定し、価値はゼロとなった。

 

これに、クレディ・スイスの劣後債を購入していた機関投資家が大きな損失を受け、劣後債を保有するリスクが顕在化し、劣後債全体の信用に衝撃を与え、AT1債市場の大暴落を招いたというものである。

 

劣後債というスキーム自体は、ある程度の金利が取れる市場局面であれば、リスクにみあったリターンを取りうる仕組みである。

 

しかし、リーマンショック以来各国の中央銀行が長く続けた金融緩和、いわゆる量的緩和によって、極端な低金利が世界中に拡がり、債券価格は極端に上昇、つまり金利もゼロとかそれに近い水準に張り付くことになった。

 

極端な金融緩和によって、劣後債という社債権利者にとって高リスクな商品が、いわば、非常に低金利、低リターンで発行できたのである。

 

クレディ・スイスというのは、投資銀行で、いわば、バクチのような高リスク高リターンの商品を取り扱い、あるいはM&A、債券発行、株式発行などを仲介して手数料を稼ぎ、機関投資家や富裕層の顧客に販売し、自身も運用することを主要業務にする銀行であり、いわゆる、事業者への地道な融資を中心に行い収益を得る商業銀行(市中銀行)とは異質な銀行である。

 

クレディ・スイスは、いわば、バクチの金を低金利で調達できたわけであり、超低金利に多少の金利を乗せておけば、劣後債でも、クレディ・スイスだったらということで、購入者が現れて資金調達ができたわけである。

 

クレディ・スイスの破綻は昨年からすでに噂されていたことであり、米国を中心としたインフレ退治としての量的緩和の縮小により、市場全体が信用収縮して、投資銀行の収益源のM&Aや債券発行業務が激減したこと、さらには保有・運用していた米国債の価格の下落(金利上昇)が、信用不安に追い打ちを掛けたものである。

 

シリコンバレーの複数の銀行がデフォルトを起こしたのは、シリコンバレーの新興企業が市場で資金調達資金を大量に預かり、運用先としては安全性の高い米国債の長期債を購入して運用していたところ、資金調達が低調になったシリコンバレーの新興企業がどんどん資金を使用するため預金を引き出す傾向が急に高まったところに、米国債の金利上昇から銀行の保有債に含み損が出ることを懸念した預金者がさらに預金を引き出し、それがエスカレートして急激な預金流出が発生し、キャッシュ不足であっという間に取り付け騒ぎになったというものである。

 

シリコンバレーの銀行群が今回のような預金引き出しに対応できるようなポートフォリオを組んでいなかった初歩的なミスである、と米当局は批難しているようであるが、大量の預金を預かった以上運用をしないわけにはいかないのだから、極端な高利で預金を集めたというのでなければ、果たして経営判断レベルを逸脱した違法な運営をしていたといえるのかは疑問も残る。

 

そもそもの原因は、FRBがインフレ退治のために急激に国債の金利を繰り返し引き上げたことにあって、それが、銀行保有の長期債の含み損を拡大させ、企業の預金引き出し需要をたかめたのである。

 

金利上昇すなわち金融引き締めにより、企業が株式などによる資金調達が難しくなり、借入金の返済や資金繰りに預金を回すベクトルをスパイラル的に急激に高めたのだから、市中銀行であっても、相当なキャッシュの余裕がないと、取り付け騒ぎで資金ショートを起こしてしまうのである。

 

ある意味それくらい、FRBがインフレ退治として実施している国債金利の引き上げの勢いは大変な圧力を市場に及ぼしているのである。

 

さて、スイス以外の国の金融機関の劣後債では、このように政府支援があったからといって直ちに劣後債の不償還が確定するような発行条件にはなっていないということであり、ある意味スイスにおいて特殊な事態であったということのようである。

 

もともとクレディ・スイスは、政府保証・政府支援なしの救済買収を摸索していたようであるが、急遽、政府支援による救済買収へと方針転換した。

 

観測としては、債権者がスイス政府に対する訴訟も検討する向きもあるようである。

 

今回のクレディ・スイスの公的支援による救済は、スイスの金融システムに信用不安の拡大が想定以上の速さに進んだことによる已むを得ない判断であったのかもしれない。

 

が、再建をスムーズに進めるために、公的支援の額を抑える為に、半ば意図的に劣後債保有者を切り捨てにかかったもの、というと言い過ぎであろうか。

 

クレディ・スイスについているコンサルティング・ファーム、アドバイザーが、そのように進言し、方向付けた可能性はあると、うがって考えたくなる展開である。

 

ところで、2023年3月20日、米国の投資銀行ゴールドマン・サックスは、クレディ・スイスのAT1債の請求権の買取と投資家への販売を近く開始する、と発表している。

 

デフォルトを起こしてゼロになった債券を買い集めて投資家に販売するというのは一体どういうことかと思うだろうが、これは、劣後債の債権者がスイス当局やクレディ・スイスに対して訴訟を起こして、なんらかの和解金の配分があることを期待する投資家向けに、そのような商品を組成したということなのである。

 

いやはや、ハイエナというかハゲタカというか。

 

そもそもが、AT1債に、こんなデフォルト条件をするりと忍び込ませて、機関投資家のポートフォリオに、クレディ・スイスの劣後債を潜り込ませた金融商品設計者は、狡猾さと悪意のギリギリの狭間にいるように思われる。

 

以前、日本経済新聞の広告面を賑わせていた、いわゆる仕組み債、EB債といわれるものが、やはり金融商品として、組成し販売する発行者、証券会社側のリスクは回避し、購入する投資家はリターンを押さえられリスクは拡大する条件が設定されて、一般のシロウトの投資家に販売されて、ずいぶんと投資損失の被害を出していた。

 

クレディ・スイスの劣後債の償還条件設定をみて、仕組み債・EB債を思い出してしまったのは、私だけだろうか。

 

今回は、シロウト投資家ではなく、機関投資家が、AT1債の償還条件を読み間違えていたのか、リスクを過小評価していたことに、頭から冷水をぶっかけられて凍り付き、うろたえているのである。

 

2023年3月28日、鈴木俊一金融相は、日本の金融機関は、このような、政府支援でデフォルト認定されてしまうような劣後債は発行していないと、火消しに追われている。

 

ところで、日本では、金融庁が、「資本性劣後ローン」を金融機関に融資商品とするように奨励してきた。

 

特に、コロナ対応として、ここ数年金融庁は資本性劣後ローンを一層推進しようとした。

 

これはどういう仕組みかというと、コロナでバランスシートが傷んだ民間企業が、市中銀行など金融機関から資本性劣後ローンを受けられる(既存の貸付を資本性劣後ローンに振り変える)ことによって、自己資本とみなされる額が増やせることになる。

 

そうすれば、金融機関は、融資先企業の自己資本比率があがったということで、その融資先企業の債務者区分を上げられ(例えば破綻懸念先企業を要管理先にといった風に)、そうすれば金融機関は引当金を積む額が減らせるため、金融機関自身も戻り益を計上することができ金融機関自身のバランスシートや自己資本比率も向上する、さらに融資先企業は、自己資本比率があがったということで別の金融機関からも新たな融資を受けることもでき、業績回復するべく投資をおこない、業績回復を果たす。

 

こういうストーリーである。これは、BIS規制(バーゼル規制)の金融機関の自己資本比率規制に対応したアイデア・スキームといってよい。

 

しかし、このスキームがそんなにうまくいくのだろうか。

 

金融機関が、ゾンビ企業への既存融資を資本性劣後ローンに振り替えたとしても、まるっきりタコ足食いの行為、せいぜいゼロサム、どうせ返ってこないけれど多少金利をONしてもらえば目先わずかな得、いや融資先企業の開き直りを招き制御不能になるのでは、という程度の話になっていないだろうか。

 

資本性劣後ローンによる自己資本比率の向上を材料に、新たなニュー・マネーを融資対象企業が呼び込んで、将来に向けての投資と事業展開に打って出て、収益と利益を上げることができて、はじめて、タコ足食いでなく、融資金の回収に繋がるのである。

 

が、破綻寸前の企業が既存融資を資本性劣後ローンに振り替えてもらったからといっても、一般企業の目からみて、バランスシート上の債務は特に劣後ローンに変わったという以上には変化はないのに、果たしてその企業の信用力が向上するのだろうか。ステークホルダーから見透かされるだけのように思われるのだが。

 

BIS規制対応に資本性劣後ローンのスキームをひねり出したものの、自分で自分をごまかすまやかしのスキームになっている可能性もあるのである。

 

この資本性劣後ローンのスキームを、日本のような超低金利の中で、金融機関に対して推進させて、わずかな金利ONの低リターンの見返りに、株式に劣後するようなハイリスクな融資の泥船に乗せていることになっているような可能性は無いだろうか。

 

日本の金融庁や金融市場の牧歌的なスタンスと、欧米の投資銀行のハゲタカぶりを対比して、なんともいえない違和感を感じてしまうところである。

西村幸三

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京都・烏丸三条にある法律事務所を運営。ニュース・法改正・裁判例などから法務トピックを取り上げていきます。