あおり運転行為に殺人罪適用 道路交通法で処罰新設

おととし、大阪・堺市で、バイクに乗った大学生を四輪自動車で執ようにあおった末に死亡させたとして、あおり運転では異例とされる殺人罪に問われた被告人に対して、最高裁判所は殺人罪の認定を維持して、上告を退ける決定をし、懲役16年の判決が確定することになったとのことである。

この映像は、当時私もニュースでみたが、「これは殺人罪でしょう」というしかない悪質なものであった。

だから、判決になんの違和感もない。

映像でバイクの直後の至近距離に執拗に追走した行為は、暴行であり、さらに傷害の故意があることは明らかであり、転倒すれば死亡することも認容していた、という認定が自然であり、よって、殺人罪となる。

別のあおり運転のケースの映像で、高速道路を走行している四輪乗用車の前に出て速度を落として無理矢理停止させ、車から降りてきて暴行を振るったというケースがあった。高速道路で車を停めさせるなど、後方からの衝突の可能性が高く、死の危険も高い行為である。

この映像についても、これは殺人未遂で処罰すべきではないか、危険運転致死傷罪の適用範囲を拡大すべきではないか、という議論もされたことがあった。

これらを受けて、警察庁は、あおり運転行為の厳罰化に乗り出し、今年の通常国会に道路交通法の改正法案が提出され成立し、直ちに令和2年6月10日に公布された。

2020年中に施行される予定である。

以下の警察庁のウェブサイトに解説がある。

https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/anzen/aori.html

この道路交通法の一部を改正する法律により、妨害運転(「あおり運転」)に対する罰則が創設されました。これにより、令和2年6月30日から、他の車両等の通行を妨害する目的で、急ブレーキ禁止違反や車間距離不保持等の違反を行うことは、厳正な取締りの対象となり、最大で懲役3年の刑に処せられることとなりました。

また、妨害運転により著しい交通の危険を生じさせた場合は、最大で懲役5年の刑に処せられることとなりました。

さらに、妨害運転をした者は運転免許を取り消されることとなりました。
※ 自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律も改正され、危険運転致死傷罪の対象となる行為が追加されました(令和2年6月12日公布、令和2年7月2日施行)。

妨害運転のような悪質・危険な行為により人を死傷させた場合には、危険運転致死傷罪(妨害目的運転)等にも当たる場合があり、さらに厳罰に処せられることがあります。

高速道路上で他の車を停止させた場合の罰則の上限は懲役5年以下の懲役。

他の車の妨害を目的とした割り込みや幅寄せなどをした場合は懲役3年以下の懲役。

また、免許取消となる。

法案のpdf
http://www.npa.go.jp/laws/kaisei/houritsu/200610/03shinkyuu.pdf
令和2年6月10日公布 道路交通法の一部を改正する法律(令和2年法律第42号)

道路交通法117条の2
次の各号のいずれかに該当する者は、五年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する
次条第十一号の罪を犯し、よつて高速自動車国道等において他の(新設)
自動車を停止させ、その他道路における著しい交通の危険を生じさせた者

第117条の2の2
次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の第百十七条の二の二次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の
懲役又は五十万円以下の罰金に処する。懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
十一 他の車両等の通行を妨害する目的で、次のいずれかに掲げる行(新設)為であつて、当該他の車両等に道路における交通の危険を生じさせるおそれのある方法によるものをした者
イ第十七条(通行区分)第四項の規定の違反となるような行為
ロ第二十四条(急ブレーキの禁止)の規定に違反する行為
ハ第二十六条(車間距離の保持)の規定の違反となるような行為
ニ第二十六条の二(進路の変更の禁止)第二項の規定の違反となるような行為
ホ第二十八条(追越しの方法)第一項又は第四項の規定の違反となるような行為
ヘ第五十二条(車両等の灯火)第二項の規定に違反する行為
ト第五十四条(警音器の使用等)第二項の規定に違反する行為
チ第七十条(安全運転の義務)の規定に違反する行為
リ第七十五条の四(最低速度)の規定の違反となるような行為
ヌ第七十五条の八(停車及び駐車の禁止)第一項の規定の違反となるような行為

分かりやすく言えば、
・蛇行運転
・先行してある程度車間距離が詰まった状態で急ブレーキ
・直後に追走して車間距離を詰める
・急な進路変更
・左側からの追越
・行き違う場合や追走の場合のハイビーム継続
・クラクション(許される場合以外)
・横からの幅寄せ

などである。

あおり運転行為の典型として、相手の車の前に出て遅すぎるスピードで走行する行為がある。

では、追越車線などで遅すぎる車はあおり運転になるのだろうか。

必ずしもそういうわけではない。

「他の車両等の通行を妨害する目的」で、「当該他の車両等に道路における交通の危険を生じさせるおそれのある方法による」ものであることが必要である。

蛇行などが伴ったり、高速道路や追越車線で停止させるような行為だとあおり行為となるであろう。

つまり、ただボーっとして遅く運転しているからといって、あおり運転になるわけではない。

最低速度違反になる可能性はある。

なお、前の車が遅いからといってクラクションを鳴らす行為は、実は、あおり運転でなくても、道路交通法54条2項違反となってしまう。

道路交通法

(警音器の使用等)
第五十四条 車両等(自転車以外の軽車両を除く。以下この条において同じ。)の運転者は、次の各号に掲げる場合においては、警音器を鳴らさなければならない。
一 左右の見とおしのきかない交差点、見とおしのきかない道路のまがりかど又は見とおしのきかない上り坂の頂上で道路標識等により指定された場所を通行しようとするとき。
二 山地部の道路その他曲折が多い道路について道路標識等により指定された区間における左右の見とおしのきかない交差点、見とおしのきかない道路のまがりかど又は見とおしのきかない上り坂の頂上を通行しようとするとき。
2 車両等の運転者は、法令の規定により警音器を鳴らさなければならないこととされている場合を除き、警音器を鳴らしてはならない。ただし、危険を防止するためやむを得ないときは、この限りでない。
(罰則 第一項については第百二十条第一項第八号、同条第二項 第二項については第百二十一条第一項第六号)

クラクションを違法にならずに鳴らせる場合というのは極めて限定されているのである。

分れ目の基準は、「危険を防止するためにやむを得ないとき」である。

前方の通行人が車に気付かず道路を横切ろうとしたり前を歩いていたとして、車の方が歩行者に避けて欲しいと思って、聞こえる程度に少しクラクションを鳴らした、という場合であれば、道路交通法違反には該当しない、ということになることが通常で、むしろクラクションを鳴らさずに事故を起こしてしまった場合には、クラクションを鳴らすべき義務があった、ということになる場合もある。

しかし、クラクションの音に通行人がびっくりして転倒してしまったとすれば、道路交通法違反に問われたり、交通事故として損害賠償の対象になってしまうことがある。

つまり、クラクションは、どうしても鳴らさなければいけない場合でも、大きく鳴らすより、聞こえる程度に小さく、危険を防止するためにやむを得ない程度のボリュームや頻度で鳴らさないといけない。

なお、クラクションを鳴らしたからといって、道路交通法54条2項(警音器の使用違反)違反になるとしても、ただちにあおり運転(117条の2違反)になるわけではない。

クラクションをならすことに通行妨害目的と道路の交通の危険のおそれを生じさせた場合に限り、あおり運転行為となる。

ややこしい。

道路交通法のことは、語り出すといくらでも本が書けるが、今回は、この程度で済ませておこうと思う。

それにしても、一昨年ほどから、ひどいあおり運転の映像がテレビのニュースで流れるようになった。

いいことだなと思っている。

被害に遭っている側の目線で視覚聴覚で体験しないと、暴力的な行為をする人間がいかに非道な行為をしているかは、説明しづらく、わかりにくいものだからである。

私は、弁護士になって以来、四半世紀以上にわたって、民事介入暴力対策案件を多数取り扱ってきた。

被害者の依頼を受けて、暴力団員や周辺者、クレーマーの不当要求に割って入って依頼者を護る機会が非常に多かった。

ニュースで放映されたような、あおり運転の映像を見ていると、被害に遭っている方々はきっと、ヤクザの暴力行為や脅迫行為を受けたのとなんら変わらないレベルの、地獄に落とされたような恐怖に、心底震えておられただろうと、手に取るようにわかる。

自分がヤクザと対峙しているときを思い出し、怒りを抑えられないほどであった。

こういった不当要求者の言動というのは、ドライブレコーダーやスマートフォンの録画録音によって公開されることで、いかにひどいものかが誰にでもよくわかるようになった。

ヤクザ映画などでの俳優の演技はきれい事である。

不当要求、むき出しの暴力の現場は、もっと凄惨である。

こういった不当要求者は、警察の留置所、拘置所や裁判所の中、あるいは自分が依頼する弁護士などと対面したときに、とたんに、善良そうにふるまい、相手に非があり、自分がいかにかわいそうな立場かを切々とうったえて泣き落としで懇願する、といった態度に出る、ということがよくある。

塀の中ではおとなしい、のが、ヤクザであり、犯罪者である。

しかし、人間の暴力性がとくにむき出しになりやすいのが、車の運転時である。

ヤクザのよく乗るベンツにトラブルが多いのも、暴走族が怖いのも、彼らの暴力性が自動車やバイクを運転していることによって容易にあらわになるからである。

ヤクザや犯罪者が、塀の外では、塀の中と人がかわったように、これ見よがしに暴力を誇示し、他人を攻撃してくる場面をしばしば目の当りにしてきた、民暴弁護士としては、むきだしの暴力がどれほど一般人に恐ろしいものであるかを目の当りに見せつけたのが、あのあおり運転の映像だったと思う。

しかしながら、弁護士は、そういった不当要求者から相談や依頼を受けたりすることも時にはある。

弁護士は、そういった人物の言動の奥にひそむ暴力性というものを察知するに敏感でなければならない。

相談者や依頼者の、そういった暴力性を、適宜抑止する姿勢を堅持しなければ、不当要求者の被害者への攻撃をかえって正当化し、促進することになりかねない。

そのような抑止の姿勢が甘い弁護士は、結局は、どこかで、そういった不当要求者である依頼者から攻撃を受けてしまう。

他山の石とすべきところである。

あおり運転といえば、逆のあおり運転嫌疑を掛けられるような事例もある。

たとえば、ニュースであおり運転映像が繰り返し流された頃、運送会社が、「あなたの会社の登録番号○○番のトラックから車間距離を詰められてあおり運転をされた」というクレームを付けてこられた事案に、早くも遭遇した。

社名が大きく入ったトラックであおり運転をするようなことは今時めったにあるはずもない。

聞いてみると、車間距離がちょっと近かったかもしれないという場面があったようである。

小さな乗用車が、トラックのような大型車両に直後につかれると、車間距離が詰まっているような圧迫感に見舞われる。

特にノーズがないトラックは、信号での停車時などで前方の車と距離を詰めると、圧迫感が出てしまう。

前の車からみれば、車間距離を詰められていると錯覚したかもしれないし、神経質だった可能性もある。

しかし、前の小さい車からどう見えているか、後ろを走る大きい車からは感じ取りにくいものである、という、教訓になる話である。

この場合に、自らがドライブレコーダーで録っていれば、あおり運転行為の要件である「他の車両等の通行を妨害する目的」で、「当該他の車両等に道路における交通の危険を生じさせるおそれのある方法による」ものではない、ということは、逆に反証できる。

もちろん、車間距離違反で道路交通法違反だった、という可能性はあるので、車間距離違反などを犯さないように日頃から安全運転を心がけることが望ましい。

ドライブレコーダーの録画時間は、SDカードの容量によって大きく左右される。

自己防衛のためにも、128GBといった、ドライブレコーダーの最大容量のSDカードを登載しておくことが望ましい。

西村幸三

lawfield.com

京都・烏丸三条にある法律事務所を運営。ニュース・法改正・裁判例などから法務トピックを取り上げていきます。