宅建試験 受験記

昔話になるが、宅建試験を受験しようと思い立って、2012年10月の宅地建物取引者主任試験を受験し、合格した。

その年の合格点は50点中33点だった。

合格率は約16パーセント。

私の得点は41点。

プラス8点というのは、全受験者中2%くらいのようで、一応、弁護士としての面目は立った(笑)。

宅建業法の問題では6個間違えた。

やや間違えすぎである。

ほかでは3問しか落としていなかった。

さすが宅建試験のメインであるだけあって、宅建業法は問題も結構紛らわしく、難しいのである。

宅建業法による、宅建業者に対する規制というのは、かなり複雑で高度である。

国土交通省は、宅建業者に対し、かなり厳しいレベルで業務規制をかけている。

しかし、宅建業法をきちんと守れて、宅建試験レベルの不動産法規をきちんと理解しながら仕事を進めている宅建業者がいったいどれくらいいるかというと、相当に怪しい。

私がなぜ宅建試験を受験することを思い立ったかというと、不動産業者に調子のいいばかりでいいかげんな言動の連中が非常に多い、ということに辟易していたからである。

事務的にも遺漏がなく、営業力も十分にあって、両立するという宅建士は、必ずしも多いわけではない。

トラブル対応への人間力やコミュニケーション力も兼ね備えてくれれば何よりである。

取引に関与すればそういう宅建士の長所短所はわかるので、選んでお付き合いさせていただいている。

宅建業法の要求する手順をきちんと守れていない宅建業者は結構多い。

宅建業法その他不動産法規のルールをそもそも知らない、誤解している業者も多い。

重要事項説明書の記載に誤りがみつかることも、それなりの確率で遭遇する。

宅建業者が自ら売主になる場合の規制(8種制限)すら無視した主張をする宅建業者もいる。

呆れたケースとしては、宅建業者の顧問弁護士と目されるそこそこの規模の法律事務所のベテラン弁護士が、宅建業者の売主の代理人として、土地建物の売買契約書に8種制限に沿って免れ得ない2年間の瑕疵担保期間を明記した文言すら無視し、堂々と、「この建物は中古物件なので瑕疵担保は免除されているからその瑕疵の損害賠償には応じない」などと書面で回答してきたことがあった。

弁護士も弁護士なら、宅建業者も宅建業者である。

宅建業法は、実際には結構宅建業者に厳しい法規であり、宅建業者が違法行為をしたり、業法違反となるミスを犯した場合には、都道府県への行政処分(懲戒)の申立もできれば、宅建業協会(全日本不動産協会)の苦情窓口に通報し、所属会の倫理・綱紀担当からのヒアリングや指導警告を求めることもできる。

でも、弁護士は、意外と、宅建業法による宅建業者に対する規制内容を知らない。

準備書面でも、ときどき出てくる主張として、「(相手方の)○○は、複数の収益不動産を所有し賃貸して、不動産業を営んでいるプロフェッショナルであり、よって、仮に販売不動産についてこちらの説明にそういった誤りがあったとしても、不動産業者である○○はそれを容易に知り得、また知り得べきであった者であるのでこちらは責任を負わない」というものである。

ここでいう「自己所有物件を賃貸」したからといって、それは宅建業法上の義務を負う宅建業者ではない。

宅建業者が「自ら買主」となる場合に売主側仲介業者の説明書面が軽減されるのも、買主が宅建業者の場合だけであって、宅建業者でない不動産事業者の買主に正しい重要事項説明をする義務が軽減されるはずもない。

これは宅建業法の基本中の基本である。

「宅建業者」ではないがプロの「不動産業者」?

なんだろうそれは?

宅建業者でもないのにプロの「不動産業者」になるといった概念は、法律用語ですらなく、用法を誤っているか、理解が欠落していることが、丸わかりである。

「宅建業者」と「不動産事業者」を概念として使い分けもできない弁護士が多い、という現実がある。

そういう、宅建業法はじめ不動産関連法規に無知な宅建業者や弁護士のトンチンカンな主張や対応に、頭を抱える場面に、多く遭遇してきた。

8年前もこういった苛立ちもあって、いいかげんな不動産業者を論破し、不適切な業務行為を厳しく指摘するために、宅建業法はもちろん、都市計画法その他の不動産関連法規の基礎を手っ取り早くローラーをかけておさらいすべきと思い、それを目論んで宅建試験を受験した次第であった。

テキストと問題集各1冊購入。2~3ヶ月間、土日をほぼファミレスで費やした。

宅建試験前もそうだったが試験後も、都市計画法、建築基準法、消防法、その他関係法令を深めて調査し、一級建築士や土地家屋調査士と協議したり関係行政庁に赴くなどして、建築紛争や開発問題などの紛争の処理を進める機会が多かった。

宅建試験に合格して以降8年間、事件処理にずいぶん役に立った、というのが結論である。

相手の手の内をとことん見抜き、手落ちを見逃さないのが、戦いに勝つための基本である。

宅建試験合格後、知識を深めるために、登録者講習も受講したので、登録さえすれば、宅建士を名乗ることはできる立場になったが、結局、宅建士登録はしていない。

弁護士は一方当事者から依頼を受ける立場であり、仲介業は双方から依頼を受けうる立場である。

不動産仲介業の兼業をウリにしてしまうと、一歩間違えれば利害相反という弁護士法違反に陥ってしまう危険がある(立場を分ければもちろん不可能ではないが)。

とはいえ、不動産取引に法令面で精通した弁護士というのはやはり重宝される。

宅建業者(仲介業者)の進め方のなにがレギュラーでなにがイレギュラーなのかがわかる。

一方で、素人は、会社経営者含め、仲介業者に対する不信感を持つことも多い。

調子のいいいいかげんな宅建業者も多いので、素人が不信感を持つことが稀ではないのも、やむを得ないところもある。

しかし、素人が、なにがレギュラーでイレギュラーかを誤解して、謂れのない過ぎた不信感を持つことも多い。

そんなときは、私から、宅建業者側の小過を正し、素人側の誤解を解く方向で説明してあげることで、宅建業者の仕事が円滑に進むことも多いのである。

ところで、2012年の宅建試験は難易度が高かったようであった。

驚いたのは、出題ミス(問5。選択肢3と4がどちらも正解)があったことである。

以下の出題に、あなたは、どう答えるだろうか。民法の瑕疵担保責任の問題である。

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次の1から4までの記述のうち、民法の規定及び下記判決文によれば、明らかに誤っているものはどれか。

(判決文)
請負人が建築した建物に重大な瑕疵があって建て替えるほかはない場合に、当該建物を収去することは社会経済的に大きな損失をもたらすものではなく、また、そのような建物を建て替えてこれに要する費用を請負人に負担させることは、契約の履行責任に応じた損害賠償責任を負担させるものであって、請負人にとって過酷であるともいえないのであるから、建て替えに要する費用相当額の損害賠償請求をすることを認めても、民法第635条ただし書の規定の趣旨に反するものとはいえない。

1.請負の目的物である建物の瑕疵が重要でない場合であって、その修補に過分の費用を要するときは、注文者は瑕疵の修補を請求することはできない。

2.請負の目的物である建物に重大な瑕疵があるためにこれを建て替えざるを得ない場合には、注文者は、請負人に対し、建物の建て替えに要する費用相当額の損害賠償請求をすることができる。

3.請負の目的物が建物であって、民法第635条ただし書によって注文者が請負契約の解除をすることができない場合には、その規定の趣旨に照らし、注文者は建て替えに要する費用相当額の損害賠償請求をすることは認められない。

4.請負の目的物である建物に重大な瑕疵があるためにこれを建て替えざるを得ない場合であっても、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求は、請負人が当該建物を引き渡した時から1年以内にしなければならない。

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ちなみに、私は、「4」と答えた。

一読して4は完全に間違いである。

当時の民法570条で準用する566条は「知って1年以内」に損害賠償請求しなければならないとしているので、「引き渡して1年」としている選択肢4が明らかに間違いである。

簡単な問題である。

判例を出していることそのものが「3」に誘導するためで、わかりやすくいやらしいひっかけである、と判断した。

しかし、どうやら、出題者は3を間違い=正解と意図して出題したようであった。

自己採点したときに、あれっ、なぜ間違い?と思い、各社のサイトをみてみたら、大原とTACだけ4を模範解答にして、あとの学校は3を正解としていた。

その「3」組の中には、司法試験予備校として大変有名なLECもあった(笑)。

私は、試験のとき、選択肢3も相当怪しいと思い、よく考えてみたが、「判例のレシオ・デシデンダイ(理由付けの核心)からは、必ずしも3は間違いとはいえない」と結論づけた。

なぜなら、判例は「建物に重大な瑕疵があって建て替えるほかはない場合」という条件を付して、その場合には建替費用を請求できるという結論を導いているに過ぎない。

仮に、注文主がその「建物に重大な瑕疵があって建て替えるほかはない場合」という条件がないにもかかわらず建替費用を請求してきた場合には、裁判所は635条但し書きの原則に従って、「その瑕疵の程度なら建替えるほかはないわけではなく補修で対応可能。補修に代えて損害賠償を請求することは注文主の自由だが、建替費用は認められない。それだと解除を認めるのと同じになってしまうので635条但し書きの趣旨を没却する」という判決になるはずである。

選択肢3は、635条但し書きの原則をシンプルに述べている。

判例は、「建物に重大な瑕疵があって建て替えるほかはない場合」の例外事由が存在する場合に、635条但し書きが適用されない場合についての、判決である。

要するに、選択肢3は、その例外事由の存在を前提としていなくて、635条但し書きの原則を書いているだけだから、例外事由がある場合についての判例と矛盾はしていない。

命題としては、両立する。

論理学的には「偽」ではない。

原則の命題としては3は間違いとはいえない、例外の場合の判例とは矛盾していない。

うーん論理学的な素養も要求するとはなかなかハイレベルな問題だ、と結論づけた。

しかし、解答速報では、よってたかって大半の学校が3が間違い=正解としていた。

驚きであった。

大半の予備校が、民法の条文上明らかな間違いのはずの4を正解に選ばず、明らかな間違いとまではいえないと説明できるはずの3を正解として速報しているわけである。

そこでうがって考えたのは、もしかすると、宅建試験の実施主体である不動産適正取引推進機構から、試験直後にこっそり「参考までに解答はこれだけど責任は持てないからチェックしてね」、とリークされて、問題文とともに解答速報が渡されているのではないか、一部の予備校は検証して修正し、そうでない予備校はそのまま解答速報に出しているのではないか、というものであった。

でなければ予備校が2校を除いてこんなおかしな横並びの間違いはしないであろうと思った次第であった。

これは、あくまで憶測に過ぎないけれども。

結局出題ミスとされて3も4も正解になったようである。

論理学的には3は命題として両立するので正解ではないと思ったが(笑)。

ちなみに、宅建試験の試験委員には、弁護士、大学教授、国土交通省職員、農林水産省職員、総務省職員などが名を連ねている。

西村幸三

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京都・烏丸三条にある法律事務所を運営。ニュース・法改正・裁判例などから法務トピックを取り上げていきます。