‘労働紛争’ Category

精神疾患に関する労災認定について~財務局の決裁文書書き換え問題

金曜日, 3月 16th, 2018

森友学園に対する土地払い下げに関し、近畿財務局で文書の書き換え(改ざん)がなされていたことが判明して、大きなニュースとなっている。

朝日新聞は平成30年3月2日付の朝刊で、近畿財務局が契約当時に局内の決裁を受けるために作った文書の内容が昨年2月の国有地売却問題の発覚後に国会議員らに開示した決裁文書の内容と違っている、と報じた。

さらに、近畿財務局で、決裁文書作成(書き換えにも関与?)当時の担当職員が、昨年秋頃から体調不良で休職しがちになっていたところ、3月7日に自殺したというニュースが流れている。

痛ましい流れになってしまっている。

決裁済の公文書を訂正印で対応するのでなく差し替えてしまうと言うのが言語道断であることは論を待たない。

公文書偽造・虚偽公文書作成罪などの可能性も取り沙汰されているが、決裁権があるものが了解して作り替えた場合、さらに結論や理由の本質的部分にわたらない場合には、そういった罪が成立するかは、必ずしも定かでは無い。

しかし、公文書の決裁に関する規程を逸脱した、ルール違反の行為であったことは疑いをみないわけで、関与した者がラインごと軒並み懲戒処分になることは避けられないと思われる。

さらに、報道されているところによると、自殺した担当職員が、休職前に月100時間の残業をしていたこと、おそらく上司の指示で決裁文書の書き換え作業をさせられていたであろうことが報道されている。

この報道をみて、私が感じたのは、なんともいえない痛ましさとともに、「労災適用になるだろう」というものである。心理的負荷の要因としては、長時間労働と、業務に関して違法行為を強要された(それがマスコミにより公になった)、という2点に該当することになるように思われる。

メンタルヘルス型の労災認定は、申請されるうち認定される率は3割台で推移しており、業務上災害とされる割合は決して高くない。しかし、3割台という数字は決して低くはないとも言えるだろう。

最近5年間の精神障害の労災認定件数の統計は以下である。

平成28年度「過労死等の労災補償状況」を公表:厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000168672.html

表2-1 精神障害の労災補償状況
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11402000-Roudoukijunkyokuroudouhoshoubu-Hoshouka/28_seishin.pdf

メンタルヘルスから自殺まで到った事案は、年間百数十~二百件程度である。

そして、メンタルヘルス型の労災認定基準は、以下のものである。

精神障害の労災認定
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/120427.html

基労補発1226第1号
平成23年12月26日
都道府県労働局労働基準部長 殿
厚生労働省労働基準局
労災補償部補償課長
心理的負荷による精神障害の認定基準の運用等について
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120118b.pdf

この、メンタルヘルス型労災の、労災認定基準の判断プロセスと要素は、非常に多岐にわたるが、判断要素は

精神障害発病前おおむね6か月の間に、当該精神障害の発病に関与したと考えられる業務によるどのような出来事があったのか、その出来事の心理的負荷の強度はどの程度と評価できるか

である。その中でも、実務上特に重要視されるファクターが、

超過勤務時間が過労といえるレベルだったかどうか

である。

超過勤務時間についていえば、上記「心理的負荷による精神障害の認定基準の運用等について」の中で、以下のように記載されている。長くなるが引用する。

ア 極度の長時間労働による評価
極度の長時間労働は、心身の極度の疲弊、消耗を来し、うつ病等の原因となることから、発病日から起算した直前の1か月間におおむね160時間を超える時間外労働を行った場合等には、当該極度の長時間労働に従事したことのみで心理的負荷の総合評価を「強」とする。
イ 長時間労働の「出来事」としての評価
長時間労働以外に特段の出来事が存在しない場合には、長時間労働それ自体を「出来事」とし、新たに設けた「1か月に80時間以上の時間外労働を行った(項目16)」という「具体的出来事」に当てはめて心理的負荷を評価する。
項目16の平均的な心理的負荷の強度は「Ⅱ」であるが、発病日から起算した直前の2か月間に1月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行い、その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合等には、心理的負荷の総合評価を「強」とする。項目16では、「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった(項目15)」と異なり、労働時間数がそれ以前と比べて増加していることは必要な条件ではない。
なお、他の出来事がある場合には、時間外労働の状況は下記ウによる総合評価において評価されることから、原則として項目16では評価しない。ただし、項目16で「強」と判断できる場合には、他に出来事が存在しても、この項目でも評価し、全体評価を「強」とする。
ウ 恒常的長時間労働が認められる場合の総合評価
出来事に対処するために生じた長時間労働は、心身の疲労を増加させ、ストレス対応能力を低下させる要因となることや、長時間労働が続く中で発生した出来事の心理的負荷はより強くなることから、出来事自体の心理的負荷と恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)を関連させて総合評価を行う。
具体的には、「中」程度と判断される出来事の後に恒常的な長時間労働が認められる場合等には、心理的負荷の総合評価を「強」とする。なお、出来事の前の恒常的な長時間労働の評価期間は、発病前おおむね6か月の間とする。

ごくかいつまんでいうと、別表1の項目16において、
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120427_4.pdf
・80時間未満の時間外労働の場合に「弱」(他の盲目で評価されない場合のみ)
・80時間以上の時間外労働の場合に「中」(他の盲目で評価されない場合のみ)
・発病直前に連続2ヶ月間120時間以上の時間外労働または連続3ヶ月間に100時間以上の時間外労働の場合「強」
ということになる。

1ヶ月100時間程度の時間外労働が恒常的に続いていた場合は、上記の「ウ」に該当するから、他の出来事(3段階で「Ⅱ(中)」程度のストレス要因)と合わせて、「強」程度に属する心理的負荷があったと認定されやすいであろう。

そして、本件では、決裁権者の指示でも無い限り自発的にこの様な書き換えを末端の担当者がおこなうとは通常考えられないから、平成23年版の心理的負荷による精神障害の認定基準によれば、「業務に関連し、違法行為を強要された」として、心理的負荷として、Ⅱ(中程度)に該当する可能性が高い。

また、本件の場合、マスコミに公になることによって、決裁文書の書き換えを担当した者は、責任を問われることが相当な確実性で見込まれる。これは、「会社で起きた事故、事件について、責任を問われた」として、心理的負荷として、Ⅱ(中程度)に該当する可能性が高い。

中程度以上の出来事が2つ以上存在する場合は、心理的負荷は、「強」または「中」とされる。なお、「強」になるか「中」になるかは、近接の程度、出来事の数、その内容を考慮して全体を評価することになる。

決裁文書書き換えからマスコミへの発覚までには6ヶ月は経過しているようであるが、本件では、6ヶ月以内の昨年秋で既に発病しており、またその後マスコミにより公文書書き換えの事実が発覚したことにより、さらに心理的負荷を生じたといえるから、合わせて「強」と評価される可能性は高いように思われる。

このような生生しい時点で、労災認定基準への当てはめをおこなうことには、正直躊躇もあるが、精神障害の労災認定のシミュレーションとしては非常にわかりやすい事例である。

従業員や公務員が、上司に指示されたり、または暗黙の了解で、業務上、違法行為や隠蔽行為に加担させられて、精神的に追い詰められて自殺をするという事件は、報道に接する度、あまりに痛ましく、およそあってはならないことである。

だからこそ、精神障害の労災認定基準でも、平成11年以来、ファクター(出来事)の中に、「違法行為を強要された」ことを掲げている。

本件では、ある意味、労災認定されやすいファクターが揃ってしまっているように思われる。

本件で仮に労災申請がされた場合に、労働基準監督署が、労災申請を却下するとは考えにくい。

労働基準監督官も、公務員として、決裁文書の書き換えをさせられる、さらにそれが発覚してマスコミで大々的に取り上げられる、ということのおぞましさは、痛いほどよくわかっていると思われるからである。

振り返って、マスコミ報道で、もとの文書と書き換え後の文書があれこれ比較されているが、そもそも、もとの決裁文書が長々と不要なことを書きすぎているように思われる一方で、削除したとされる部分も、別に政治家から財務局への口利きや働きかけがあったと書いているわけでもないから、わざわざ書き換えるほどでもなくて、仮に国会で問題になっても正直に答弁するか、あるいは詰めずに決裁文書と異なる答弁をしてしまったのであれば答弁の方を修正すればよかっただけのようにも思われる。

財務省・財務局のやっていることの、つたなさ、見苦しさに、首をかしげる、というのが正直なところであるが、その結果は、あまりに痛ましいものであった。

あらゆる組織のリーダーたるものは、もって他山の石とすべきニュースである。

単に批判するのはいささか安易で、批判するにしても、どこまで自分の問題として引きつけて考えられているか、が問われるところである。

小保方晴子氏の記者会見を見て

土曜日, 4月 12th, 2014

私は4月8日に、 「悪意のない間違いって何ですか?」

http://blog.lawfield.com/?p=142

という記事を書いた。

そうしたらちょうど4月9日、小保方氏の反論記者会見があった。

その記者会見の全文を載せているサイトがある。

http://logmi.jp/10299

上記の小保方会見の全文をみて、改めて、自分の見解に確信を深めている。

まず、私が4月8日の記事で書いた、科学研究の世界では、研究不正でない(honest error)であることの挙証責任は研究者側に負わされているという点。 これは、文部科学省のガイドラインにはっきり明記されていることが、記者の質問からわかった。

文部科学省 研究活動の不正行為に関する特別委員会(平成18年8月8日)

研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて 研究活動の不正行為に関する特別委員会報告書 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu12/houkoku/attach/1334654.htm http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu12/houkoku/attach/1334658.htm 4 告発等に係る事案の調査   2 告発等に対する調査体制・方法     3 認定 (2)不正行為の疑惑への説明責任

調査委員会の調査において、被告発者が告発に係る疑惑を晴らそうとする場合には、自己の責任において、当該研究が科学的に適正な方法と手続に則って行われたこと、論文等もそれに基づいて適切な表現で書かれたものであることを、科学的根拠を示して説明しなければならない。そのために再実験等を必要とするときには、その機会が保障される(4 2(2)3 イ)。 1の被告発者の説明において、被告発者が生データや実験・観察ノート、実験試料・試薬等の不存在など、本来存在するべき基本的な要素の不足により証拠を示せない場合は不正行為とみなされる。ただし、被告発者が善良な管理者の注意義務を履行していたにもかかわらず、その責によらない理由(例えば災害など)により、上記の基本的な要素を十分に示すことができなくなった場合等正当な理由があると認められる場合はこの限りではない。また、生データや実験・観察ノート、実験試料・試薬などの不存在が、各研究分野の特性に応じた合理的な保存期間や被告発者が所属する、または告発等に係る研究を行っていたときに所属していた研究機関が定める保存期間を超えることによるものである場合についても同様とする。 上記1の説明責任の程度及び2の本来存在するべき基本的要素については、研究分野の特性に応じ、調査委員会の判断にゆだねられる。

(3)不正行為か否かの認定  調査委員会は、上記(2)1により被告発者が行う説明を受けるとともに、調査によって得られた、物的・科学的証拠、証言、被告発者の自認等の諸証拠を総合的に判断して、不正行為か否かの認定を行う。証拠の証明力は、調査委員会の判断に委ねられるが、被告発者の研究体制、データチェックのなされ方など様々な点から故意性を判断することが重要である。なお、被告発者の自認を唯一の証拠として不正行為と認定することはできない。 被告発者が自己の説明によって、不正行為であるとの疑いを覆すことができないときは、不正行為と認定される。また、被告発者が生データや実験・観察ノート、実験試料・試薬の不存在など、本来存在するべき基本的な要素の不足により、不正行為であるとの疑いを覆すに足る証拠を示せないとき(上記(2)2)も同様とする。

記者会見では、日経BPの記者が、きちんとこのアカデミーの常識について、小保方氏に質問しているのである。

小保方氏の答えと代理人弁護士の答弁は、いかにも混迷している。

記者:日経BPの○○と申します。アカデミーにおける不正の認定というのは、一般常識とか司法の基準とは異なってまして、たとえば文部科学省のガイドラインだと不正行為での認定は疑いをかけられた者が疑いを覆すことができなければ、不正行為と認定される。また、その十分な資料やデータが無ければ証拠を示せないときは、同様とすると。つまり、立証責任は小保方さん側にあって、しかもアカデミーの常識に照らして不正じゃないと証明しなければいけない、ということです。そういう観点に立ってみれば、ここに書いてある証拠・データというのは、十分にアカデミーの研究者を納得されるものと考えているんですか?

 もうひとつ、これ以上強い証拠というのはもうないんですか?

室谷:私の方からお答えしたいと思いますが、文科省の基準については、一旦ねつ造である、あるいは改ざんである、というようなことが認定された場合には、故意によるものでないことを自ら立証しないといけない、とそのように書かれてあるかと思います。それはその基準でありまして、理研の不正の認定の基準は先ほど申し上げた内容になっているということで、文科省の基準もあるわけですけど、それが今回も適用されるというわけではない、ということをまずひとつ……。

記者:文科省の所見だと不正だと認定したわけですね……。

司会:回答しておりますので聞いていただけますか。

室谷:その点ですけれども、もう1つの点は何でしたか。

記者:これより強い証拠はないのか。これでアカデミーは納得するのかどうかという点です。

室谷:証拠に関しましては、この不服申立の準備を始めたのは当然3月31日以降でございます。それまでに何か準備をしていたのかというと何も準備ておりません。1週間、わずか1週間で準備をしたわけですけども、その間もですね、小保方さんと直接弁護団との間で面談をする機会も非常に少なく、というのも小保方さん家からでれなかったので、事務所に来て打ち合わせすることもできなかった。だからパソコンの中を見ながら、実際に証拠をこれはああだとかこうだ、とか言って検討することもできない。さらに実験ノートもですね、理化学研究所の中にはあるわけですけれども、それを見ながらやるっていうことも現時点ではできていない。 そんな中で、電話とメールで、ここまで話を伺ってまとめたというのが現在の時点ですので、これよりも強い証拠があるかと言われれば、今から調べていって、それは強い証拠をより硬い内容のものを提出はしていきたい、というように思っておりますし、また、再調査になれば、我々だけがそれを一方的に出さないといけないというものではなくて、再調査の中で調査委員会の方も、やはり調査していただくべきだと思っております。そこは共同関係になっておると思っておりまして、先ほどの立証責任ということがございましたけれども、必ずしも敵対しているわけではない、というふうに考えております。

記者:アカデミーの常識に照らして……。

司会:次の質問に移りたいと……。

記者:質問じゃなくて、まだ答えてもらっていないですよ。アカデミーの常識に照らしてどうか、という点を小保方さん自身にお伺いしたい。

小保方:証拠が用意できるかどうか、という点に関してでしょうか。

記者:この証拠がですね、アカデミーの人間にとって十分に納得いくものであるかどうかという点について、見解をお伺いしたい。

小保方:室谷先生との相談で、今回は調査が十分であるということを示すための不服申立書になっていると思います。これから実験的な証拠に関しましては、私としては用意できると考えておりますが、それには第三者が見て納得する形でないといけないと思いますので、それに向け準備を進めていければと思っております。

記者:ありがとうございます。

小保方氏は、文部科学省のガイドラインに関しての質問に、どうやら、第三者(これは裁判所ではなく科学者仲間の意味だろう、と思いたい)が見て納得する形でないといけないこと自体は、認識しているようである。

しかし記者会見においても、生データを示してのプレゼンテーションは容易にできたはずであるが、やっていない。

理研にも、不服申立と同時に、手許にあるけれど出していないというデータ全てを生データのまま提出できたはずであるが、それもやらなかった。記者会見より先にまずそれをやるべきであっただろう。

これは科学者の記者会見なんだろうか?と、首をかしげた人が多かったのも理解できる。

次に、代理人弁護士は、文部科学省のガイドライン自体は存在を知っている。しかし、理研の規程の解釈にはそれは適用されないというのである・・・・?

この代理人弁護士の論理は、ここでもはや完全に混迷している。文部科学省のガイドラインが、文部科学省所管の独立行政法人や学校法人の規程を覊束するのは、常識である。ガイドライン違反の規程を独立行政法人や学校法人が制定できるわけがないし、わざわざガイドラインに抵触した規程を作るわけがない。裁判所でもそう認定するだろう。すなわち、代理人弁護士の論理が、理研の不正研究の規程の解釈として成り立たない無理な強弁であることは、争いの先までいっても、ほとんど結果が見えている。

小保方氏と代理人弁護士の論理の齟齬、ここで馬脚が知れた、という批判を受けても、やむを得ないように思われる。

代理人弁護士が、文部科学省のガイドラインを知っていたとして、小保方氏に「文部科学省のガイドラインは理研の不正研究規程には適用されないから、小保方さん、これ以上あなたからhonest error を立証していく責任はないですよ」とアドバイスしていたのだとしたら、これは、mistake、misleadの可能性がある。

調査委員会の調査結果は、あくまで科学研究が研究不正かどうかの評価結果である。

小保方氏に対する懲戒処分を決定したものではない。

既に述べたように、研究不正調査において、事実認定プロセスと立証責任の分配は、当該研究を発表した研究者によって厳密なデータによる科学的証明がなされているといえるか、という観点から定められているものであって、裁判所が要件事実を解釈して立証責任を分配するものではないし、その余地はない。

文部科学省のガイドラインは、明文で、立証責任(厳密なデータによる科学的証明)を嫌疑をかけられた研究者側に負わせているのであるから、これに反した立証責任の分配を裁判所が採ることもないであろう。

上記の日経BPの記者の質問中の、

アカデミーにおける不正の認定というのは、一般常識とか司法の基準とは異なってまして、たとえば文部科学省のガイドラインだと不正行為での認定は疑いをかけられた者が疑いを覆すことができなければ、不正行為と認定される。また、その十分な資料やデータが無ければ証拠を示せないときは、同様とすると。つまり、立証責任は小保方さん側にあって、しかもアカデミーの常識に照らして不正じゃないと証明しなければいけない、ということです。

という指摘は、実に鋭くて、100%正しい。この科学界の立証責任の分配システムに対して小保方氏は否定できなかった。一方で代理人弁護士は法律家の論理で科学界の立証責任の分配システムを否定しようとしている。まさに混迷といわざるをえないだろう。

次に「悪意」の定義についてである。ここも代理人弁護士の答弁はかなり稚拙だったと言わざるを得ないように感じた。

記者:読売テレビの○◯と申します。悪意という言葉が何度も不服申立書にも出てくるんですが、悪意というのは故意というふうにも置き換えられる、というような発言もありました。小保方さんにとって悪意という言葉はどういう意味と解釈されていますか?

小保方:私もわからなかったので(弁護士の)室谷先生にも相談しました。

室谷:悪意を持って、というよりはですね、「悪意でない間違いを除く」という、そういう条項になっておりまして。悪意でない間違いですから、過失によるものは除く、という主旨であると捉えております。 記者:小保方さんご本人としては、悪意という言葉をどういう気持ちとして思っていらっしゃる? 小保方:悪意……。 司会:申し訳ないですけれども、そのへんは法律的な解釈に絡んでくるので、その辺のお答えは控えさせて頂きたいと思います。

この不服申立において決定的なポイントとなる、悪意の定義とその解釈について、記者会見という公衆の面前でこの程度の論理展開しかできなかったというのは、法律家の答弁としてはかなり覚束無いものであるように思える。 上記の代理人弁護士の答弁で悪意の意義について述べたのは、わずか、

悪意でない間違いですから、過失によるものは除く、という主旨であると捉えております

という部分だけである。 代理人弁護士の答弁によれば、「悪意」は「過失でない」=「故意」の意味である。すなわち民法上使われている「悪意」=「知ってやった」と同義であろう。

この定義によれば、データの加工自体については認識も故意もあるのであるから、小保方氏はアウトである。もしかすると、代理人弁護士は、「パワーポイントによるプレゼンテーションの資料だったから加工してよいのだ。それを故意無く過失でネイチャーにコピペで掲載したから悪意がない」、と構成したいのかもしれない。

しかし、小保方氏は、発表論文に掲載するデータを、元データから引っ張ってこずパワポの資料をコピペした、と認めてしまった時点で、その行為に対する認識はあると認めたわけだから、文部科学省のガイドラインがいう「研究体制、データチェックのなされ方」が「科学的根拠」の無いものであったことを認めてしまっていることになる。これでは、文部科学省のガイドラインに基づく研究不正でないことの反証はまったくできませんと認めているにほかならない。 しかし、研究不正ではないのだと強弁する。

これは、開き直りとしても、もはや、科学者が行う記者会見としては、失笑を誘うものでしかない。

小保方氏は、科学界の側の証明の論理に依拠して立つことを拒否すると、堂々と宣言してしまったからである。

ここでは、科学論文に求められるルールを無視していることがmisですと評価されていることでありそれにはルールとして反論の余地はないということの自覚すらないからである。

研究不正はmisconductといわれるように、研究詐欺 fraudとは異なる。misが不正と訳されているものである。misには誤りの意味も含む。misであることを認めても、詐欺を認めたわけではない。誤りを認めただけのことである。

他の十数人の共著者はほとんど全員、misを認めて論文を撤回した(なお残りの共著者はhonest errorと認定されている)。論文のmisを認めないのは、小保方氏(と時期尚早として沈黙を守るあと一人)だけである。

もしかすると、小保方氏は、misを認めるのは「私が悪い」「悪気があってやった」「STAPは研究詐欺である」ことを認めることになると思っているのかもしれない。STAPを守るためにmisを認めてはいけないと思っているのかもしれない。これまた、稚拙な勘違い、思い込みといえるだろう。

理研は論文のmisを認めて撤回するよう勧告しつつ、1年かけて追試をすると言っているのである。

不服申立や裁判に持ち込んだとしても、小保方氏の科学者生命、研究者生命は終わりだ、と言われるのは、やむを得ないものがあると感じる。いったい、このような研究者と、今後、だれが、共同研究をしましょう、と申し出るだろう?恐ろしくて組めないのは明らかである。小保方氏の将来を危惧して、論文の撤回を進めた周囲の人たちの親心、子知らずというやつである。

こんな記者会見をして、論文撤回をとことん拒否して、不服申立をして、小保方氏の将来の研究者生命にとってなにかプラスはあったのだろうか。

業界に対する理解なしに、目先の規程の解釈だけを近視眼的に論じることによる、法律家の論理の一人歩きの恐ろしさを感じる。

弁護士にその理解が欠落している場面をみたとしても、私は驚かない。法曹界に身を置いていて、そう感じる。

とはいえ、さて、最後にあらためて、労働問題として考えてみる。

これで小保方氏について、期限付公務員としての任用契約期間中に懲戒解雇処分に付することはまずできないだろう。

そんなことをすれば理研の敗訴は目に見えている。

つまり、2014年4月1日から2015年3月31日までの一年間は、期限付任用を更新せざるを得ないと言うことである。

しかし、それは理研も望むところのはずである。

そもそも小保方氏が欠勤している間は、欠勤なのだからそれだけで無給である。

理研のすべきことは、まず、この数ヵ月で、この不服申立手続を却下して、決着を付けることである。

理研は、次こそ、さらに万全の論理で不服申立手続に対する却下決定の論理を固めてくると思う。

では小保方氏が職場復帰を理研に希望して要求したらどうなるか。

理研は、小保方氏には給与を払っているのであるから、出頭を命じて、再現実験のためにレシピの提出を命じる。毎日でもヒアリングをする。ミーティングで発表させる。

そのなかで小保方氏のさらなる不適切行為の存在が明るみになる可能性が高い。

1年後の3月31日限りで、任用契約は終了する。

これが結論であろう。あれはなんのための記者会見であったのか、と、後に語られるのではないだろうか。

STAP細胞の製作が仮に再現されたとする。それはそれで、理研は損をしないことになる。

STAP細胞の製作過程で「(それが厳密な意味での幹細胞でないことが判明したとしても)何かが生まれた」という可能性自体は残されている。

その可能性を捨ててしまうにはあまりに惜しいと、理研も考えているから、追試をやろうとしているのである。

理研は単なるメンツと不正調査のために追試をやろうとしているのではないと思われるのである。これも理研のSTAP細胞と小保方氏に対する親心だったのではないだろうか。

小保方氏は、理研のスタッフとの今後の前向きな関係構築の機会を自ら破壊してしまったのかもしれない。

「悪意のない間違い」ってなんですか?

火曜日, 4月 8th, 2014

理化学研究所の小保方晴子研究ユニットリーダーの研究不正について世間では話題が沸騰している。

理化学研究所の「研究論文の疑義に関する調査委員会」は、2014年3月31日、研究論文の疑義に関する調査報告書を発表した。

http://www3.riken.jp/stap/j/f1document1.pdf

そこでは、小保方氏に、「科学研究上の不正行為の防止に関する規程」第2条2項の研究不正があったと認定した。

それに対して、小保方氏は、代理人弁護士を立てて争う姿勢を見せている。
小保方氏の主張は、自分の行為は、同規程の「悪意のない間違い」にあたるから、研究不正ではないというものである。

そこで、法律家としては、この同規程の「悪意のない間違い」の意義について論じてみたい。

理化学研究所の「科学研究上の不正行為の防止に関する規程」は、2006年に発表されたもので、以下のURLで読むことができる。

2006年1月23日 独立行政法人 理化学研究所
「科学研究上の不正行為への基本的対応方針」

http://www.riken.jp/~/media/riken/pr/topics/2006/20060123_1/20060123_1.pdf

「研究不正」とは、科学研究上の不正行為であり、研究の提案、実行、見直し及び研究結果を報告する場合における、次に掲げる行為をいう。ただし、悪意のない間違い及び意見の相違は研究不正に含まないものとする。(米国連邦科学技術政策局:研究不正行為に関する連邦政府規律 2000.12.6連邦官報 pp.76260-76264の定義に準じる)

(1)「捏造」(fabrication)架空のデータや研究結果を作り上げ、これを記録、報告すること
(2)「改ざん」(falsification)研究資料、試料、機器、過程に操作を加え、データや研究結果の変更や省略により、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること
(3)「盗用」(plagiarism)他人の考え、作業内容、研究結果や文章を、適切な引用表記をせずに使用すること

さて、「悪意」とは何であろう?

小保方氏は「自分は悪意がなかった」と主張する。
小保方氏はおそらくこの「悪意」を「人を害する」「害意」の意味で使っているようにも思える。
一方、民法でいう「悪意」となると、「知ってやった」ら悪意であるから、小保方氏は民法の悪意の有無でいえば、100%悪意である。
しかし、どうも、本来の意味は、「害意」の意味でも「知ってやった」意味でもないようである。
理研は、研究不正の定義については、米国連邦科学技術政策局:研究不正行為に関する連邦政府規律の定義に準ずる、としている。
とすれば、「悪意のない」の正しい意味を理解するには、なによりも英文に当たるのが一番の近道である。
そこで調べてみると、

米国連邦科学技術政策局:研究不正行為に関する連邦政府規律
(Federal Policy on Research Misconduct)
日本の文部科学省のWeb
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu12/siryo/attach/1334741.htm

Research misconduct is defined as fabrication, falsification, or plagiarism in proposing, performing, or reviewing research, or in reporting research results.

・Fabrication is making up data or results and recording or reporting them.
・Falsification is manipulating research materials, equipment, or processes, or changing or omitting data or results such that the research is not accurately represented in the research record. [#3]
・Plagiarism is the appropriation of another person’s ideas, processes, results, or words without giving appropriate credit.

Research misconduct does not include honest error or differences of opinion.

とある。

すなわち、「honest error(悪意のない間違い)は含まない」という意味である。

ここで注意すべきは、この英語の定義を、論理学的に正しく表現すれば、研究不正という要件事実を阻却するための条件は、

(1)errorであること (2)そのerrorがhonestであること

という2つの要件事実を、両方満たしていないといけないということである。

errorという単語を、理研の規程は単に「間違い」と訳しているが、これは、語感として不十分であり、むしろ「故意のない間違い、事実と違うことの認識のない間違い」の意味である。

errorとmistakeとの語感を比較する場合でも、errorという場合は「意図しない正しいことからの逸脱」、mistakeという場合は「不注意や知識不足による誤り」である。

すなわち、あるものが事実と異なることの認識が存在している間違いは、errorとは言わないのである。

小保方氏は、論文に掲載する写真が、実際の実験のデータの写真とは異なるものである事を知りながら、見やすくするため加工した、と述べている。

そこでは、そのものが事実と異なるということの認識があるわけであるから、小保方さんのやったことはerrorではないといわざるをえない。

「そんなことをやってはいけないという知識がなかったからやってしまった」というのはmistakeではありえても、errorではない。

すなわち、小保方さんは、

(1)errorであること の要件でアウトなので、(2)のhonestかどうかを論ずるまでもなく、honest errorだったという研究不正阻却要件をクリアできないものと思われる。

さて、次に、honest  errorとはなにかが問題になる。

honest の語感を考えてみよう。

日本語では第一義的には「誠実な」と訳される。

語感としては、「ほんとうの」「完全な」「まっすぐな」「嘘偽りのない」「真実に」「真心からの」といった意味合いである。

つまり、honest errorとなると、「本当に故意や認識のない誤り」「心から故意や認識のない誤り」「まったく故意や認識のない誤り」の意味になると思われる。

これは、研究の対象が事実と違うことについて全く認識や故意がなかったという語感なのだと思う。

では、研究の対象が事実と違うことについて全く認識や故意がなかったことを、どうやって判断するのか。ここからは、事実認定のための基礎資料を何に求めるかという、事実認定論になっていく。

理研以外のサイトを見てみよう。まずは東京大学である。

東京大学科学研究行動規範(2013年12月 東京大学科学研究行動規範委員会)
http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/administration/codeofconduct/pdf/leaflet.pdf
「また、生データや実験・観察ノート等の研究の記録や実験試料などを保管していないことは、上記の不正行為の証拠隠滅・立証妨害と見なされる可能性があります」
Moreover, a lack of records, such as raw data and laboratory notebooks, pertaining to a body of research may be considered to constitute destruction of evidence or obstruction of an investigation.

と記載されている。これを事実認定の重要な要素として、小保方氏に当てはめれば、小保方氏は、生データやノートの記録を適切に保管していないから、限り無く研究不正とみなされる可能性が高いように思われる。調査委員会が、小保方氏がノートの記録をまともにつけていなかったことを重視しているのは、実はこのような事実認定のルールに基づいているものと思われる。

「PubMedから日本の撤回論文を調べる」
山崎茂明 愛知淑徳大学人間情報学部教授
http://www.imic.or.jp/member/files/2011/03/IMIC_v32_3.pdf

をみると、世界の生命科学論文数のうち、1991年から20年間の論文数の中で、日本論文の撤回論文発生率は655801本の中の112本、すなわち、10万件中17件の割合とのことである。
撤回理由のうち、31%が「誠実な誤り(honest error)」、改ざんが19%、捏造が12%、重複発表が12%、捏造or改ざんが9%、不明が6%、盗用が4%と続く。

こうやってみると、たとえ誠実な誤りであったとしても、論文を撤回することはありうるわけである。小保方氏が、「悪意がないから論文は撤回しない」という論理は、論理的必然ではなく、むしろ「悪意がない誤りだ」と小保方氏が認めた時点で、共著者が論文を撤回することについて文句など言える立場ではない、ということがわかる。
産総研における研究倫理の取り組みについて(平成20年12月1日産業技術総合研究所理事 小林直人)
http://committees.jsce.or.jp/rinri03/system/files/2kobayashi.pdf

(1)調査対象となった産総研協力研究員が筆頭著者の論文は、研究記録がほとんど保存されておらず、論文の実験結果を系統的に裏付ける試料は提出されなかったため、研究ミスコンダクトの有無に関し、事実の裏付に基づく判断は極めて困難であった。しかし、論文の作成過程で責任著者である研究センター長と生データで議論したことがないこと、また研究資料の作成方法について責任著者と異なる説明があったことなどから、公表された論文において研究ミスコンダクトが行われたことを否定できないと判断した
(中略)
(3)以上から、研究員が筆頭で研究センター長が責任著者である論文や、それら論文に記載のデータを実施例とした特許、またこれらを成果として引用した報告書などについては、取り下げあるいは訂正することを勧告する。

とされる。
やはり実験の生データを保存していないことは、研究不正であると認定される上で、相当に決定的なファクターとなっていることがわかる。

honest errorそのものについて書かれた文献がある

『がん臨床試験テキストブック』 考え方から実践まで(医学書院)
http://www.igaku-shoin.co.jp/prd/tachiyomi/01645/index.html#page=1

I.基礎知識編
1997年の省令GCP施行後に実施された775治験のGCP監査結果が公表されたが,カルテがない(21件),同意書がない(51件),その他記録保管に関する重大な問題(97件)といったGCP不適合が判明した3, 4).これらは,もしかしたら悪意のない単純な紛失かもしれないが,ほかの記録で担保できない限り,そもそも患者がいなかったもしくは同意を得ていなかったという疑いを払拭できるものではない。このため,系統的に試験結果に重大な影響を与えうる問題であるという観点から厳しく取り扱われる。米国ではfraudやmisconductに対しては罰則があり,FDAや国立衛生研究所(Na-tional Institutes of Health : NIH)はweb上で警告リストを公開している。しかし,fraudやmisconductを防ぐには,臨床試験に携わるスタッフ全員がfraudやmiscon-ductの問題の本質を理解し,「黙認」することも同様の罪であるとの意識を高め,自らを厳しく律する環境づくりが重要である。c.error/honest error(エラー,うっかりミス)error/honest errorとは,悪意のない意図しない間違いであり,なくしたいと努力しても,皆無にすることは不可能である。もっとも代表的なerror/honest errorはカルテや症例報告書に記載されるデータのエラーであり,その多くはランダムに発生する。その他,臨床試験における主なerrorには表1のようなものがある。これらのerrorをゼロにすることは不可能だが,errorを制御し,特に患者の安全にかかわるerrorを最小限に抑える仕組みを構築することは重要である。そのための手段として,品質管理という概念が臨床試験に取り入れられている。表1 臨床試験におけるerror/honest errorデータエラーほとんどは,原資料や症例報告書上のデータとして見つかる計画書・手順書などからの逸脱必ずしも記録が残されているわけではない特に詳細な実施手順(検査,治療など)は記録が残っていないことが多い不適格・誤登録書類上に証拠が残されていることが多く,発見されやすい書類紛失書類上の記載の誤りすべての書類・原資料が対象となる発見されやすい反面,差し替えや後追い作成で辻褄合わせを行うことでmisconductに陥りやすい

このようにみていくと、科学者の研究不正の有無の判断については、少なくとも、世界の科学界のスタンダードな常識は、研究者自らに、実験の生データを保存記録しておくことを、決定的に重要な責務として負わせている、ということである。

裁判の論理で言い換えれば、研究者が研究不正の嫌疑をかけられた場合、生データの保存と記録についての挙証責任は研究者に負わされている、ということがわかる。

研究者が仮に実験の生データの記録が提出できない場合は、研究不正についての挙証責任が転換され、有罪の推定が働いて、無罪であることを研究者側が立証しなければならないという挙証責任の構造になっている、というのが、科学の世界のグローバルスタンダードの感覚であると思われる。

生データが保存していけなれば挙証責任が転換されて有罪の推定が働くというのは、憲法の刑事事件における「無罪推定の原則」と比較すれば不合理なようにも思える。が、科学者というのは「証明してなんぼ」の世界であるから、けっしてこのような挙証責任の転換は酷ではないということになるのだろう。

小保方氏は、どうやら、「私の間違いは悪意がない。悪意があるというなら理研が立証してみなさい」と主張しようとしているように見える。これは、弁護士の業界的にみれば、労働紛争における労働者側の発想と言い分ですね、となる。

労働紛争と捉えると、たとえば、理研が小保方氏を懲戒したいとなれば、懲戒事由の立証責任は理研にあるというのが、一般的な裁判所的解釈になる。理研が悪意を立証出来なければ負けてしまうということになるのだろうか。

しかし、研究者の倫理についての判断は、上記の論理がグローバルスタンダードであると思われるので、実験の生データを残していない小保方氏が「honest error」であることを反証しきるのは極めて難しく、不可能に近いと思われるのである。

そういう意味で、理研の調査委員会が、小保方氏に研究不正があったと認定したことは、極めて妥当であるというのが、私の見解である。

ところで、裁判所は、果たして、「悪意のない間違い」の意義をどのように解釈するのだろうか。「悪意のない間違い」の挙証責任をどちらに負わせるのだろうか。
労働法的にいえば、労働者本人が否定しているのに懲戒解雇をしても裁判所は解雇無効であるとして解雇の効力を否定しかねないように思われる。そうなったら、裁判所によって、日本の科学界は世界にさらなる恥の上塗りをしてしまうことになるのであろうか。

 

就業規則を作る(3) 36協定

土曜日, 12月 14th, 2013

就業規則は、従業員10人に達した時点で作らないといけない。

しかし、36協定(サブロクきょうてい)は、従業員1人でも残業をさせる場合には必ず作らないといけない。

作らないと刑事罰(普通は罰金)を受けてしまう。

罰金になるということは、労働基準監督署からなにかの理由で調査されることになったら、36協定がないだけで、たちまち検察庁に送検されてしまうことでもある。

もちろん、さらに労働基準監督署から是正勧告という行政処分も受ける。

労使紛争になってから、実は作っていませんでは、労働組合や労働者のクレームには耐えられない。従業員ともめてしまってからでは、調印に必要な従業員代表を選ぶ段階から暗礁に乗り上げてしまう。執拗な抵抗にも遭うし、条件闘争の1つの材料にされてしまう。

その間、時間外労働のルール作りができず、つまり時間外労働が一切できず、ヘタをすると業務が止まってしまう。

では、36協定ってどうやって作るんですか、と聞かれる。

これもやはり、東京労働局のWord形式の書式がある。

時間外・休日労働に関する協定届(36協定)

http://tokyo-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/hourei_seido_tetsuzuki/roudoukijun_keiyaku/36_kyoutei.html

記入例に従い、必要事項を埋めていくことである。これまでプロの手が必要とは思わない。

記入例の手引きは、下記のサイトの説明のほうがわかりやすい。

労務安全情報センター(新36協定の記載例と届出心得) http://labor.tank.jp/rouki/36_kisairei.html

就業規則を作る(2) モデル就業規則

土曜日, 12月 14th, 2013

さて、実際に就業規則をどう作っていけばよいのだろう。 実は、厚生労働省がWord形式のひな形を作っている。

厚生労働省 モデル就業規則について

(全体版) http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/model/

これは、そのまま使ってはいけないが、実によくできている。 これに手を加えていけば、十分なものに仕上がる。

但し、「そのまま使ってはいけない」というのが大事なところである。

ほとんどの会社では、これをそのまま使うとかなりあちこちで不都合が起きる。 会社側が想定していないような労働者有利な事態が起きてしまうのである。 どんな不都合が起きるかは、ひとつひとつ潰していくしかない。

あと気になるのは、懲戒事由の定め方がやや甘い。

具体的には、そこが労使紛争のプロが手を加えていかなければならない部分である。

就業規則を作る(1) 従業員が10人になる前に

木曜日, 12月 5th, 2013

顧問先の企業からも、それ以外の企業からも就業規則のチェック、修正の依頼をよく受けます。労働者との紛争(解雇無効や残業代請求)が生じてから慌てて駆け込んでこられることが多いですが、頭を抱えることも多い、それが経営者側で労働事件を受けるスタンスを採る弁護士の宿命です。

従業員が10名以上になると就業規則を作る義務が発生します。
経営者には「10名になるまでは作らない」という選択肢もあります。それはそれで賢明な場合もあります。10名になる見込みも当分ない会社に、無理に作ることを勧めるのは、社会保険労務士や弁護士の商売にはなっても、かえって会社には害をなすこともありうるからです。

しかし、事業が順調に行き、将来的に10名に届く可能性が出てきたという場合には、早めに作った方がよいです。従業員が増えるほど、従業員の在籍年数や世代、家族構成にばらつきが生じ、従業員それぞれの思惑がバラバラになっていきます。そうなってから就業規則を定めるのは、意外にあつれきを生むものです。

大昔に作られた就業規則を、まずいから見直してくれと言う依頼はよくあり、こういう仕事はやりがいもありますが、あつれきや不利益変更への抵抗が起きて、実に大変な仕事です。

なによりも、一から作るときに、よくよく考えて、作りましょう。後悔しないために。

さて、就業規則を作るときに、一から社会保険労務士や弁護士におまかせして作ってもらいますか?
結論をいえば、「労使紛争に精通した弁護士と、細かな労働法規に精通した社労士が、経営者としつこいくらい意見交換しながら作るのがよい」のです。

労働事件が裁判にまで発展しなくても、ひやっとするような人間関係トラブルを経験したとき、こういうときが、問題意識が高まっており、いい就業規則を作成するチャンスになります。

注意すべきは、弁護士で、労働紛争に精通した弁護士というのは意外に少ないものです。特に会社側の立場で精密なアドバイスをしてくれる弁護士というのは少ないものです。一方で、社会保険労務士に任せきりにしてしまって、いい就業規則ができるとは限りません。かなり昔に作られたという就業規則をみせていただいて、とんでもなく労働者側に有利になっているという就業規則を、よくみます。これは、社会保険労務士が、「一般的にはこんなものですよ」という感覚で、他社で使っている就業規則(それが労働者に非常に手厚い大企業の就業規則だったりします)をコピーしていたものだった、ということが多いようです。

経験の少ない社会保険労務士が「とにかく安く作ります」「すぐ作ります」と言ってもむやみに信用はしないことです。他社の就業規則の引き写しは、いい就業規則になりません。税理士事務所に所属する、経験の浅い社労士が、事務所にあるひな形を使ってサッとつくる、これも必ずしもよくありません。様々な類型の労働紛争というものを心底シビアに経験していないうちは、資格者であっても、就業規則を作る怖さはわかりません。

労使紛争に精通している弁護士にとっても、恐ろしく細かい法規の整合性をとって一から十まで就業規則を作る作業は、簡単なことではありません。
さらに、企業の先を見据えて行き届いた完成品ができる弁護士というのはごく少数だと思います。少なくとも、弁護士も、社労士でもそうですが、経営者の人となり、事業の実態、従業員構成などを相当に咀嚼して理解していないと、いいものはできません。
10年先、20年、30年先にも不都合の起きないように先を読んだ就業規則、後継者の息子や娘の代になって古参の従業員とのあつれきで後継者を困らせることのないように配慮した就業規則、それが、質の高い就業規則です。

長期経営戦略の立案のなかで、質の高さを求めるべき最たるもの、それが就業規則です。「社員を急に増やす必要があって10名になりそうだから」などとあわてて安物を作らないように、くれぐれも気をつけてください。