羽生善治の凋落から復活と将棋会館建替問題の今は昔(3)

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しかし、である。

 

3つの会館の建設に目処を立て、会館建設委員会委員長の役は続けながらも、羽生善治は、2022年度に、急激に成績を回復させる。

 

今日の王将戦第2局までで、なんと27勝15敗である。

 

勝った相手の棋士には、佐々木勇気・菅井竜也・広瀬章人・服部慎一郎・糸谷哲郎・近藤誠也・渡辺明・永瀬拓矢・伊藤匠・豊島将之・佐藤天彦が含まれ、そして今回の王将戦第2局での藤井聡太である。

 

羽生善治の2022年度の勝ち星はまことに質がよく、羽生善治が2017~2018年に破れてタイトルを奪われたタイトル経験棋士、最近の4強、そして登り竜のような高勝率若手棋士を、まさしく軒並み破って、返り討ちにしているのである。

 

戦型も、相掛かり・角換わりから、横歩取り、さらには一手損角換わり・矢倉・三間飛車・四間飛車・中飛車・力戦と、棋士の中でも同時にこれだけ差し回すような棋士は他に例がないくらいのマルチプレイヤーぶりである。

 

一体、どれだけの時間と労力をかけてこれだけの幅広い戦型の同時並行での研究を重ね、しかも公式戦で実践しながら実験を繰り返しているのか、どこにそんな時間があるのかと、首をかしげたくなるような馬力を発揮しているのである。

 

実戦でも、どの戦型でも、定跡研究をみせながら、既存の定跡を外した流れ、つまり相手の研究を外した流れへ将棋を誘導していこうという姿勢がみえており、AI研究の深さとAI研究の最善手にこだわらない幅の広さと奥の深さを見せつけている。

 

おそらく、羽生善治は、将棋会館の建設準備委員会が一段落したころから、AI将棋ソフトによる研究を、遅ればせながら本格化させたのだろうと思われる。

 

しかし、AI研究の最善手ではない手順を追究して実戦で仕掛けるものだから、AI研究でトップを走る4強棋士や、若手棋士までが軒並み撃破されたのである。

 

それにしても、その研究量は、おそらく若手棋士でも到底及ぶところではないはずである。

 

いまや、水匠といったAI将棋ソフトはほとんどの棋士が導入している。

 

しかし、羽生善治は、おそらくは、AI将棋ソフトの扱いや研究において、その効率のよさ、実戦に繋がる着眼点のよさ、洞察力が、52歳を迎える現在でも、若手棋士、トップ棋士に劣るどころか、2021年の絶不調から這い上がって、劣勢から一気に凌駕するところまでの高みに、わずかの期間で到達したのである。

 

昨日・本日の王将戦第2局の藤井聡太戦は、羽生善治の先手側のAIの最善手が人間の指しにくい手が多かったにもかかわらず、羽生善治は相当な正確性を持って最善手を選択した。

 

最終盤の藤井聡太の長手筋の王手ラッシュは本当に凄じく、羽生善治が一手間違えれば頓死のスジが延々と続いたが、羽生善治はそれを正確に受けきった。

 

藤井聡太は、羽生善治が、いくつものワナをくぐり抜け、最後の頓死スジのワナ(合い駒を間違えれば逆転で詰み)を唯一の最善手で回避したのを見た瞬間、投了した。

 

さらに王手はできたし、羽生は反撃の王手にも着手できていないのに、あのギリギリまで粘る藤井聡太が投了した所作は、潔く美しく、羽生善治へのリスペクトがあった。

 

「羽生善治恐るべし」であった。

 

負けた藤井聡太が最終盤で見せた強さと頓死のスジのワナの仕掛けの連続も、また恐ろしいものであった。

 

持ち時間8時間、2日制のタイトル戦は、年配の棋士には、体力の消耗と集中力の消耗が激しい。

 

羽生善治は、その最終盤にして、藤井聡太の追い込み相手に、正確無比な読み切りを見せつけたのである。

 

名局賞ものの1局だったと思う。

 

羽生善治が、王将戦で、藤井聡太を下して王将位を取れば、獲得数99期で4年間足踏みしたのが、ついに100期に乗ることになる。

 

私は、藤井聡太から王将戦で4勝してタイトルを奪取するのは、この羽生善治をもってしても不可能とみている。

 

羽生善治がタイトル獲得数100期を達成するのは、もう次期王座戦で挑戦者の地位を藤井聡太でなく羽生善治が獲得する以外には道はない、それが最後のチャンスなのではないかと思っている。

 

しかし、今の世間のムードは、この王将戦で「藤井聡太負けてくれ」「羽生善治に100期取らせてやってくれ」と、いうムードでいっぱいである。

 

この5年間の藤井聡太フィーバーは、藤井聡太が全ての棋士を打ち負かしていれば、ファンが熱狂した。

 

しかし、藤井聡太フィーバーの転換点が、この羽生善治との王将戦になったのだと、後世語られることになるようにも思われる。

 

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西村幸三

lawfield.com

京都・烏丸三条にある法律事務所を運営。ニュース・法改正・裁判例などから法務トピックを取り上げていきます。