荀子について(4)

抄訳・続き

 

非十二子篇第六

「世の中の人がことごとく信服するような心構えとはどんなものか。

 

高い地位にあっても人に対しておごり高ぶることがない。

 

聡明で優れた智恵を備えていても、それで人を困らせたり窮地に追い込んだりしない。

 

先が見えて敏速でも人に争って抜け駆けをしたりしない。

 

剛毅で勇敢であっても、人を傷つけない。

 

知らないことは恥じることなく人に質問して教えを懇う。

 

できないことは学んでできるようにする。

 

自分はよくできるからといっても、よいところは人に譲ってその人の成果にする。

 

仕えるにあたっては臣下として正しい道を守り、地域社会にあっては長幼の序を守り、、年長者を敬い、友には礼節と謙譲の礼をもって接し、地位の低い者や年少者には教え導いて寛容に接し、全ての者を愛し、全ての者を敬い、人と争うことなく、泰然と広大な心で天地万物を包容する心構えを持つ。

 

このようであれば、賢者もこれを貴び、愚者もこれに親しむ。

 

なおそれでも信服しないものがあれば、それは妖怪・狡猾の者と言わざるをえず、そういった者は罰せられることがあっても已むを得ない。」

 

「君子は、人の貴ぶ道をよく実践しても、必ずしも人が己を貴んでくれるわけではない。

 

人に信頼されるべき道をよく実践しても、必ずしも人が己を信用してくれるわけではない。

 

人に採用されるべき道をよく実践しても、必ずしも人が己を採用してくれるわけではない。

 

だから君子は、己が身を修していないことを恥じることはあっても、人から善い美しいものと見られなくても恥じることはない。

 

己が人に信頼されるべきものでないことは恥じても、人に信頼されないからといって恥じることはない。

 

自分に能力がないことは恥じても、人に採用されないことを恥じることはない。

 

栄誉に誘われて惑うことなく、人から謗られても怖れることはなく、あるべき道にしたがった言動を守り、端然として己を正しくすることを心がけ、物質的なもののために心が傾けられることがない。」

 

礼論篇第十三

「礼はなんのために起こったのか。

 

人間は生まれたままの姿では本能の欲求があり、満たされなければ飽くことなく求める。

 

欲求に限界がなければ必然的に争いを起こす。

 

争いが起きれば社会が混乱し、窮地に陥る。

 

だから礼(倫理)を定めて、人の欲求に限度を課して、調和を取ることとしたのである。

 

礼にのっとった文物は人々の五官の欲求を適度に心地良く満たし、癒やし、養う。

 

調和の取れた食物は口を養う。

 

よき香は鼻を養う。

 

美しい彫刻色彩文様は目を養う。

 

音楽・楽器は耳を養う。

 

心地良い部屋や家具は体を養う。

 

礼にのっとった文物で五官を養うことは、人を癒やし養う働きがあるのである。

 

五官を養うにあたっては、礼にのっとって自制し限度を守り、勝手放題な行為をしてはならない。

 

欲をほしいままにせず、身を滅ぼすことなく、我が身を癒やし養い、正・財・安・情を養うことを、十分にわきまえなければならない。

 

欲や感情に赴くままに放逸な生活を楽しみ礼と節度をわきまえなければ、礼を失い、義を失い、正しさを失い、財を失い、身と心の安定もうしない、人としての情緒も失い、ついにはその身を滅ぼすこととなる。」

 

解蔽篇二十一

 

「人はどうやって、道を知るのか。

 

道を知るのは心によってである。

 

では心はどうやって道を知るのか。

 

道を知るには、心を無(虚)にし、心を統一し、心を静かにすることである。

 

心には様々なものがおさまっており、いっぱいになっており、揺れ動いている。

 

一方で、心を空になった状態があり、心が一つに統一された状態があり、心が静かになっている状態がある。

 

道がまだ会得できないという者は、心を空にし、統一し、静かにするとよい。

 

その状態になれば、外界のものをことごとく、心に収めることができ、心で考え尽くすことができ、心静かに明察することができる。

 

この境地に到った者は、万物について、ことごとくこれを認識し、世界を見通し、久遠の古を論じ、歴史がなぜ戦時となるか平時となるかの道理に精通する。

 

天地を縦横に把握し、万物を体系化して位置づけ、礼の理を統括し、宇宙を包み込む。

 

その広大なありさまには極みというものがない。

 

その輝かしさは日月に等しく、その博く大きいことは八方に充満するものであり、何によっても蔽われるということがない。」

 

以上、抄訳した。

 

特に(4)の冒頭の心構えなどは、孟子が「浩然の気」として語った熱い思いに、勝るとも劣らない、強靱な熱い志がほとばしっているといえるだろう。

 

なお、孟子の「浩然の気」については、吉田松陰「講孟箚記」(近藤啓吾訳)の解説が素晴らしい。勇気を奮い立たされる。以下で抜粋して紹介している。

https://lawfield.com/proverb.html

 

荀子の一見冷徹さの奥にある強靱な熱さは、原典まであたって通読しないと、なかなかわからないものなのだろうと思う。

西村幸三

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